菊地明
剣技を生業とする千葉家に最も必要とされたものは、北進一刀流を継承することのできる実力なのだ。 それを龍馬が備えていたからこそ、佐那との関係が成立したのである。(「検証 坂本龍馬の基層/坂本龍馬の初恋」より)
津本陽の「龍馬」全五巻を読み切っておよそ三週間。心にまだ少し余韻が残る中、書店で見かけた本書で龍馬の生涯を再度振り返ってみた。過去にもさんざん龍馬に関する書籍を買い漁って来たので、新刊を捲ったところで大半は知っている事の確認に過ぎないのだが、それでもやはり何か一つ位は自分の知らない新発見があるかも・・・と期待し、その結果龍馬の名を冠した似た様な本ばかりが書棚に並ぶはめになる。 思うに、歴史というのは過ぎ去ったものであり、本来ただ一つの“事実”しかあり得ないのだが、資料の読み込み方と光の当て方一つで、時代や人間についての様々な“真実”が浮かび上がって来るから面白いのだろう。
四月二十七日に寺田屋へあてたと推定される手紙で、龍馬は「私をして海援隊長と申し付け、すなわち長崎にて一局(がくもんじょナリ)を開き、諸生の世話をいたし申し候」と、海援隊が学問所であることを明言している。つまり海援隊には、龍馬の「日本を今一度せんたくいたし申し候・・・・」という発言の原点となった神戸海軍操練所復活の思いが込められていたのである。(「龍馬海援隊長に就く」より)
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クロニクル坂本龍馬の33年
菊地明
津本陽の「龍馬」全五巻を読み切っておよそ三週間。心にまだ少し余韻が残る中、書店で見かけた本書で龍馬の生涯を再度振り返ってみた。過去にもさんざん龍馬に関する書籍を買い漁って来たので、新刊を捲ったところで大半は知っている事の確認に過ぎないのだが、それでもやはり何か一つ位は自分の知らない新発見があるかも・・・と期待し、その結果龍馬の名を冠した似た様な本ばかりが書棚に並ぶはめになる。
思うに、歴史というのは過ぎ去ったものであり、本来ただ一つの“事実”しかあり得ないのだが、資料の読み込み方と光の当て方一つで、時代や人間についての様々な“真実”が浮かび上がって来るから面白いのだろう。
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