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なんでそーなるの!-萩本欽一自伝

萩本欽一

だからうちのチームでは、個人スポンサーもつけてるんです。「アミノバリュー藤本」「お〜いお茶岩田」とかね、スポンサーがついたらユニフォームに大きく入れる。もちろんこれも公式戦では禁止です。その理由は「アマチュア精神に反するから」っていうんだけど、アマチュア選手にこそスポンサーつけてあげたいよね。給料をもらってないんだから。(序章「最後の大きな夢」より)

昭和50年代に一世を風靡した「欽ドン」「欽どこ」以降、欽ちゃんブランドは家族揃って見られる番組の代名詞だったが、出始めの頃の「コント55号」は反体制的で毒のある、どちらかと言えば俗悪な存在だった。その最たるものが昭和44年にスタートした「裏番組をぶっとばせ」の名物コーナー、「野球拳」。二郎さんとのジャンケンに負けた女性タレントや歌手が、観衆の目前で一枚一枚肌を露わにしていく甘美な光景は、小学校低学年だった私を目覚めさせた(?)禁断の果実であった。
家族揃って楽しめる欽ちゃんも面白かったし、社会人野球を盛り上げる姿にも共感するが、できれば毒を放ちながらも燦然と輝いていた頃の「55号の笑い」をもう一度見てみたいもんだ。

僕にとって二郎さんはどんな存在かといえば、「生涯のライバル」でしょうね。二郎さんも記者さんに「ライバルはどのコンビですか?」って聞かれるたびにこう言ってた。
「よそにはいない。ライバルは欽ちゃんだけ!」
だからといって、二郎さんと僕は仲が悪かったわけじゃない。むしろ仲がよくならないようにしてた。(第四章「最大のライバルが『運』をくれた」より)

[2007年6月 1日] この日の感想・書評へ→

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