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246

沢木耕太郎

夜、布団に入った娘に、話をする。
「なんのオハナシしようか」
と娘が言う。
「なんでもいいよ」
と私が答える。ほんの一瞬考えてから、娘が叫ぶ。
「ながぐつのオハナシ!」
きっと、昼間、長靴をはいたのだろう。
私はすぐに話しはじめる。(「雪の手ざわり、死者の声」より)

1986年から87年にかけて雑誌「Switch」に連載された、著者の三十代最後の一年を描いた日記風エッセイ。連載時から単行本化を待ちわびつつほとんど諦めかけていたが、二十年を経て待望の上梓だ。当時二十代前半だった私にとって、1986年は立ち上げた会社の倒産、恩人の死etc.波瀾万丈の一年だっただけに、行間に自らの様々な思いまでが立ち上って来るようだった。
そして独身だった連載当時には全く思いもつかなかったことだが、本書で何度も描かれている幼い愛娘とのやりとりを読む毎に、こうして自分自身も、幼かった子供達との会話を文章の形で残せばよかったと切に後悔している。写真やビデオで残した“記録”よりも数段色褪せない“記憶”として、胸の奥に刻むことが出来たことだろう。そう考えると本書が今になって上梓されたことを、自分勝手に恨むしかない。

この『246』の文章は、文字通りの雑文でしかないが、その日なにをし、なにを見、なにを考えたかというようなことを、日付を入れて書いているところからすれば、日記といえなくもない。もし仮にこれを日記とすれば、このように長く続けて書くことができたのは初めての経験である。それは、人に見られることを前提にして書いているためかとも思う。(「花のざわめき、銀の幕」より)

[2007年6月13日] この日の感想・書評へ→

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