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1976年のアントニオ猪木

柳澤健

プロレスのすべてを知る彼らならば、現役世界ヘビー級チャンピオンをプロレスのリングに上げたことの重み、世界一強い男と正々堂々のリアルファイトを行い、痛めつけたことの凄さを理解してくれるはずだった。
にもかかわらず、プロレス記者たちは一般メディアと一緒になって猪木を批判した。
猪木は裏切られたと感じた。 (第4章「リアルファイト」より)

A.猪木−M.アリの“世紀の対決”が行われたのは、1976年6月26日(土)。当時通っていた中学は土曜の午後にも授業があり、試合開始時刻はちょうど昼休みだった。何としても試合が観たかった私と悪友数名は、学校内で唯一TVのある会議室に忍び込み、固唾を呑んで試合を見守った。ほんの数ラウンド観た後、午後の授業が始まるため後ろ髪を引かれる思いで会議室を後にしたが、猪木が寝転んでばかりで何だかつまんなかったなあ、というのがその時の正直な感想だった。
さて、その“世紀の凡戦”の真相を含め、1976年に猪木が戦ったリアルファイト3試合を含む“異常な”4試合の経緯、及びその前後の猪木の生き様を綿密な取材で描ききったのが本書だ。著者は私より二学年上の同世代、恐らく同じワクワク感を持ってあの日はTVの前にかじりついていたのだろう。プロレスとは何?リアルファイトとは?そしてアントニオ猪木とは?がいろいろ見えてくる力作。四十代後半にして、この興味深いテーマで単行本デビューを果たせるなんて、何となくうらやましい。

猪木にとって、1976年に自分が戦った4試合のことなどどうでもよかった。
猪木はリアルファイトが好きだった訳でもなく、プロレスを超える総合格闘技を指向した訳でもなかった。
にもかかわらず、ルスカ戦から始まった異種格闘技戦、アリ戦から続く3試合のリアルファイトは、確かに日本のプロレスを変えたのだ。 (終章「そして総合格闘技へ」より)

[2007年12月13日] この日の感想・書評へ→

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