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47番の投球論・現役力

工藤公康

要するに、バッテリーはバッターにいかにボールを意識させる配球をするかが大切であり、それを意識させることができなければ完璧な配球とはいえません。意識させることでバッターにストライクゾーンを錯覚させることができるわけで、またそれができるとピッチャーにとって投げるボールの選択肢が広がり、バッターに消せる球が少なくなるからです。(“47番の投球論」第3章「僕の配球論−打者を見る『眼』」より)

1985年のバース・掛布・岡田のバックスクリーン三連発は既に伝説化しているが、当時の“あの”タイガースと日本シリーズで対戦した工藤(当時西武)が今も第一線で活躍し、つい先頃も勝ち星を挙げたのはまさにアッパレという他はない。阪神打線の前に立ちはだかった24年前の工藤は、ユニフォームの第一ボタンを外したマウンド姿がいかにもクソ生意気な若武者だった。
さてそんな“ハマのおじさん”工藤が、同時期にやや性格の異なる二冊の本を出した。「47番の投球論」はバッターとの実践的な駆け引きを含めたマニアックな技術論で、「現役力」はプロとしての心構えの在り方に比重を置いた精神論である。長く続けている分、後輩たちのちょっとした振る舞いで「未来が見える」という工藤の言葉は、言い回しこそ平易だが、随所に経験に裏打ちされた深みと、限界まで己を追い込んだ者にしか語れない重みがある。

プロフェッショナルの道を貫くためには、ある意味で、邪魔な謙虚さがあるといえるかもしれません。もっていなければいけない自尊心と、捨ててしまってもいいプライドがあるとお話ししましが、謙虚さにも似たような側面があると思います。
「こいつはまじめにやる、いいヤツだな」と思わせる謙虚さがあったとしても、それが前に向かっていく意欲を削いだり、すぐに打ちひしがれてしまう弱さにつながるのだとしたら、これはいらないものに属します。(「現役力」第3章「変えるために気づくことの大切さ」より)

[2009年6月11日] この日の感想・書評へ→

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