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龍馬の船

清水義範

この人の弟子になろう、と決めた。そう決めた理由はいろいろあるが、いちばんの決め手は、その人の名前だった。勝義邦、通称は麟太郎というのがその人の名だが、号を海舟というのだ。
海と舟、という名である。
わしの大好きなものが二つ並んで人の名前になっている。この人こそわしの師となる人だ、と思ったのである。
思ったのは、二十八歳の坂本龍馬だ。(第一章「海と舟」より)

大河ドラマ「龍馬伝」が好評だ。毎回欠かさず見ているが、龍馬を偉人ではなく、自分の行く道に迷い苦しむ等身大の青年として描いている点に親しみを覚える。「JIN-仁-」の野太くアクの強い龍馬像も良かったが、当代一、二を争うモテ男が演じる福山龍馬は文句なしに格好いい。
さて「龍馬伝」の影響を受け書店では数多の龍馬本が並んでいるが、本書も昨年12月、「旬」を狙ったかの様に出された文庫書き下ろしである。勝海舟への弟子入りから暗殺直前までの半生を僅か230頁程に収めたため、ディープな龍馬好きには随所に物足りなさが目立つが、本書には類書にないユニークさがある。それは、龍馬を徹底的に「海好きの船オタク」として描いた事。幕府と諸藩が買い付けた全ての船に関する知識を持つ「船の虫=フナムシ」龍馬が、自分の船を手に入れようと奔走した結果、薩長が手を結び、大政奉還への道筋がおまけとして付いてくる、という歴史解釈である。少々強引ではあるが、これはこれで魅力的な龍馬像が呈示されている。

いろは丸のことを考える。わしはあの船に惚れておったなあ、と。
しかし、船はいろは丸だけではないのだ。わしは、もっとええ船を手に入れちゃるぜよ、と思った。この夕顔よりええ船を、わしの船にするんじゃ。いろは丸の賠償金もかなり手元に残るだろうし、それに何より、個人が汽船を持てる時代がもうすぐ必ずくる。
そうしたら船を持ち、世界へ乗り出して海運を一生の仕事とするんじゃきのう、と龍馬は夢見た。
自然に、笑いがこみあげてくる龍馬であった。(第十章「船中八策」より)

[2010年2月26日] この日の感想・書評へ→

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