
幕臣たちの明治維新
安藤優一郎
新聞を武器として、政府批判の言論活動を展開した彼ら旧幕臣にとり、その精神的な拠り所となったのが、懐かしき江戸の文化・社会だった。いわば、江戸を理想化することで、幕府に代って政権を握った薩長土肥の藩閥政府に対し、鬱憤を晴らしたのだ。それに、東京市民も大きな喝采を送る。江戸っ子の不満の格好のはけ口になったのである。明治初年の東京には反政府の気運が渦巻いていたことが、成島たちの言論活動を通じて証明されてしまったのだ。(第3章「静岡藩の消滅」より)
勝海舟、福沢諭吉、榎本武揚など、明治期にも活躍した一部幕臣の事績はよく知られているが、名もなき旗本・御家人達が維新後どんな運命をたどったかを知る人は少ない。本書は、そんな無名の幕臣達の“その後”を明らかにした一冊。
小説やドラマでは彰義隊や函館戦争等を題材に、新政府に抵抗し続けた者達の生き様に光が当たりがちだが、実際のところ彼らは少数派に過ぎず、多くの幕臣は現状維持的な選択をし、結果的に移住した静岡で相当な困窮に喘いだ。一方、徳川治世下で平穏な暮らしを謳歌してきた江戸の庶民は、心情的に新政府への反感が根強く、西南戦争時は“敵の敵は味方”=西郷隆盛の人気が沸騰したという。他にも、明治期の言論界には旧幕臣が多く、活発な政府批判の論陣を張ったことや、明治中頃に江戸回顧熱が沸騰したこと、繁殖を奨励されたウサギが一時東京の街に溢れたこと等、語られることの少なかった明治の実情が垣間見られる。幕臣の日常にまつわる蘊蓄も豊富で、歴史好きにとって興味は尽きない。
この頃の政恒の気持ちを考えてみると、幕末から明治維新にかけて、数え切れないほどの旧幕臣が零落していくのを見て、当然、明日は我が身という危機感は強かっただろう。
いつ職を失い、路頭に迷うか分からない危機感から、手に職を付けておくという意識で、農業を学んだに違いない。旧幕臣が浜松の地で必死に生き抜いている姿が浮かび上がってくる。(第3章「静岡藩の消滅」より)



熊川一番地(東京)
純米
300ml/500円
文久3年(1863)創業、「多満自慢」で知られる石川酒造のサブブランド。同蔵の所在地が福生(ふっさ)市熊川一番地にあることから付けられた銘柄である。春にも関わらずかなり肌寒い夜だったので、一本丸ごとぬる燗にして飲む。口当たりはやや甘めでしっかりとしたボディのある純米酒。原料米は日本晴 (60%精米)。
宿場通りのセブンイレブンで購入。肴は焼きししゃもにマヨネーズを付けて。
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