
清水次郎長
幕末維新と博徒の世界
高橋敏
清水次郎長は幕末から明治維新、近代国家の誕生まで変転止まない血を血で洗う過酷な大動乱の時代を生き抜き、七十四年の生涯を畳の上で大往生して閉じた、きわめて稀な博徒であった。若き日、博打と喧嘩の積みで人別から除かれ無宿者となって依頼博徒の世界に入り、敵を殺しては売り出し、一家を形成。一大勢力を築いてしぶとく生き残った。いわば博徒、侠客の典型の一人である。換言するなら、明治維新のアウトローを語るに清水次郎長をおいて他にないといっても過言ではない。(「はじめに」より)
子供の時に見た連続TVドラマ「清水次郎長」では、時の二枚目竹脇無我が次郎長を演じていた。子供心に「どう見ても大政(大木実)の方が親分みたいや…」とツッコミを入れまくった記憶があるが、海道一の侠客らしからぬヤサ男のイケメン次郎長も、今思えばそれはそれで味わい深いものがあった様に思う。
それはさておき。この種のドラマを含めた世の次郎長物は、ほとんどが天田愚庵「東海遊侠伝」を底本に相当脚色されているが、本書は史学的手法によって「ヒーロー次郎長」とは一味違う人物像を提示。次郎長だけでなく、黒駒勝蔵をはじめとする当時の有力博徒の生き様・死に様を、維新史のうねりの中に巧く位置付けて見せている。
思えば、そもそも次郎長が海道一の侠客ならば、必然的に斬った張ったの暴力的性質も海道一だったという事。そんな人物が船頭だった父譲りの勘の良さで、時代の潮目を正確に読みながら腕と度胸で維新の大波をくぐり抜け、ついには畳の上で大往生を遂げしかも銅像にまでなった。殺伐とはしているものの、総じて幸福な一生と言えるだろう。
しかし、次郎長は烈火のごとく怒って、東海遊侠伝中五指に入る名台詞の啖呵を切って巳之助を追い返した。「オレを子分の命を金で売る親分にするつもりか。オレの目の黒いうちは、たとえ吉兵衛に翼があって空に飛んでいこうが、術を使って地下に隠れようが探し出し、首を取って石松の怨恨を慰めてやる」。次郎長と石松の親分子分の絆・紐帯は博徒の世界の賠償の常識とは相容れない。次郎長の任侠の独自性を訴えた日本人の心情の琴線に触れる箇所である。(第2章「清水一家の親分次郎長」より)



すずろ(山形)
普通酒しぼりたて
720ml/726円
「白鹿」でおなじみ灘・西宮郷、辰馬本家の季節限定商品。とりたてて特徴もクセもなく、搾りたて独特の米の香りや爽やかなフレッシュ感もさほど感じられないが、まあそれなりに飲みやすく、何と言っても四合瓶でこの値段なので、コストパフォーマンスは悪くはない。ちなみに「すずろ」とはそぞろの古語で、心のおもむくままに物事をするさまの意味。
肴は刺身の盛り合わせ(鮪・鰺・サーモン・帆立・鰹)。
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