
海援隊秘記
1867年長崎。龍馬と弥太郎が歴史を変える
織田毅
おそらく、慶応三年の長崎で、弥太郎が日頃から抱いている志を理解してくれたのは、龍馬だけではなかったろうか。弥太郎の日記には、「午後坂本良馬(龍馬) 来置酒、従容談心事、兼而余素心ノ所在ヲ談候処、坂本抵掌称善」(慶応三年六月三日)とある。弥太郎が素心(平生の思い、かねてからの志)を話したところ、龍馬は手をうって「善し、とほめた」のだ。また、弥太郎は龍馬から政治情勢についてレクチャーも受けている(慶応三年四月十九日)。(プロローグ「龍馬と弥太郎が駆け抜けた街・長崎」より)
「一介の龍馬ファン」を自称する長崎市職員の、約20年間の研究成果をまとめた一冊。長崎での龍馬の足跡に絞られている分、昨年から今年にかけて数多登場した「龍馬本」の中では、一際ディープな内容となっていて読み応えがある。中でも、岩崎弥太郎の日記を丹念に読み込んで二人を「盟友」と結論付けたり、「亀山社中」は薩摩藩家老の小松帯刀が作ったという見方を取り上げるなど、随所に定説と異なる論考が見られて興味深い。また巻末に、現在入手しにくい文献資料の永見徳太郎著「長崎時代の坂本龍馬」や、海援隊士関義臣の談話「海援隊の回顧」等の抄録が掲載されており、本格的な龍馬ファンにとっての資料的価値も高い。神戸での龍馬の足跡も本書をお手本にしてぜひまとめてみたいものだが…。
弥太郎昇進告示の二日後、後藤と龍馬らは土佐藩船・夕顔に乗り上京。弥太郎はそれを見送り、「余及一同送之、余不覚流涕数行」と日記に書き付けている。彼らはこれから京都に上り、大政奉還という大仕事にかからなければならない。…(中略)…弥太郎にとって、自分の後盾である後藤と、話せる友人である龍馬が長崎からいなくなることは痛手であり寂しいことだった。そして、これからどうなるかわからない自分と商会の将来を思って、思わず涙が流れたのかもしれない。(第6章「岩崎弥太郎と盟友・龍馬−二人が目指した“世界の海援隊”」より)



出雲誉(島根)
上撰DAIGOラベル
300ml/400円
「出雲誉」の蔵元竹下本店は、薩長同盟が締結された1866年に創業した老舗で、12代目当主が竹下登元総理であることは衆知の通り。そして“ウィッシュ”の DAIGOが竹下氏の孫であることも有名な事実であるが、彼の決めポーズをあしらったDAIGOラベルが、同蔵から県内限定で販売されていたので、家人が仕事で島根へ出張した際お土産に買って来てくれた。
どちらかと言えば甘口の口当たりで、クセがなく膨らみがあってまろやかな味わいの上撰。燗にすると一際柔らかみが増す。肴はお刺身(中トロ・鯛・イサキ・サーモン)。
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