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玄界灘

白石一郎

近頃、夜ごとに亡き母の笛を吹くおせんの気持は、卓次にも何となく判っている。
自分も母のように父親の猟の手助けができる技量を身につけたいのだろう。
−それはむりだ。お前のお母はわしやお前とは素性がちがう。いくら練習してもお前にはお母のような笛は吹けはしないよ。(「魔笛」より)

四方を海に囲まれた海洋国家でありながら、日本という国は長い歴史の中で、その地理的条件を外向きに活かすことを余りせず、専ら異文化に対する障壁として利用するに止まった。徳川期の鎖国政策はその最たるものであり、悲喜交々のドラマがそこから生まれている。
本書はそんな“鎖ざされた世界”の不条理に翻弄された人々の姿を様々な形で描いた、バラエティ豊かな8話の短編集。土臭さを感じさせる民話調の奇談あり、温かい余韻の残る時代小説あり、史実を活かした歴史小説あり、歴史人物の数奇な生涯を手際よく捌いた伝記あり…と、“海の幸”を得意とする手練れの料理人による、深い味わいを湛えたフルコースがお腹一杯堪能できる。

「霧の中の船は眼では見えぬ。ここで見るのさ」
五平次は右手で自分の薄い胸のあたりを叩いて見せた。
「ここに写るんだよ」
「船がですか」
「うん」
「あの時も唐人の小舟がそこに写ったんでしょうか」
五平次は黙ってうなずき、
「眼で見ては何も見えん」
といった。(「霧の中」より)

[2011年3月28日] この日の感想・書評へ→

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