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チャイルド44

トム・ロブ・スミス著/田口俊樹訳

「薪を集めていただけだよ…」
と言いかけた彼のことばはそのままとぎれた。男は太い枝をかざして木々のあいだから突進してきた。男のすさまじい形相と狂った眼を見て、ようやくパーヴェルも悟った。男のめあては猫ではなかった。パーヴェル自身だった。
パーヴェルがまた口を開きかけたのと、太い枝が振り下ろされたのがほぼ同時だった。(「上巻」より)

デビュー作でいきなり2008年度のCWA賞(イギリス推理作家協会賞)を受賞、リドリー・スコット監督による映画化も決定し、日本でも「このミステリーがすごい!」2009年版の海外部門第1位。これで期待せずに読めという方が無理というものだが、何とまあ期待に違わぬ面白さであった。
舞台はスターリン政権下のソ連。主人公の国家保安省捜査官レオは、国内外の共産党の敵を摘発することを職務としている。あるスパイ容疑者の拘束に成功した際、彼を恨む副官の策略にはまり片田舎の民警へと左遷されるが、そこで遭遇した殺人事件は、かつて命令のままに事故として処理した殺人事件に酷似していた…。
こうして物語は44人の子供が被害者となった猟奇的な連続殺人事件へと結びついてゆくが、本書の読みどころはミステリーとしての謎解きよりも、主人公の再生にある。妄信的に国家に従い無実の人々を罪に問うてきた主人公が、職務を解かれ叛逆者として追われる過程の中で、家族とは何か、夫婦とは何か、良心とは何かという命題に直面し、人間性を取り戻していく。冒頭から陰鬱なトーンの描写が続き少々挫けそうになるが、中盤からは徐々に頁を捲るのがもどかしくなる程のスリリングな展開となる。作風の好き嫌いは別として、完成度の高さは相当なもの。デビュー作でここまでハードルを上げてしまって、この先大丈夫かなと余計な心配までしてしまった。

正義を求めたのに、彼がしたのはただ恐怖を世に放っただけのことだった。真犯人を突き止めようとしたのに、ただ百五十人の男たちの命を奪うことになってしまっただけだった。もちろん実際に処刑はされないだろう。それでも、彼らはさまざまなレヴェルで、さまざまなものをなくすことになる。家族を。家を。レオは肩を落とし、見るからに打ちひしがれた顔をしていた。夫のそんなさまを見て、ライーサは理解した。彼は何かを信じないでは何もできない人間であることを。(「下巻」より)

[2011年6月16日] この日の感想・書評へ→

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