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競争と公平感

市場経済の本当のメリット
大竹文雄

多くの国では、市場経済を信頼して、貧困対策は国に期待するという経済学者の標準的考え方と一致した考え方を人々がもっている。アメリカは、市場経済を信頼するが国の役割にはあまり期待していない。宗教が所得再分配で重要な役割を果たしているのかもしれない。日本は市場経済への期待も国の役割への期待も小さいという意味でとても変わった国である。(I「競争嫌いの日本人」より)

本書内のデータによると、日本では「人生での成功を決めるのは運やコネである」と考える人が90年代は20〜25%と少数派だったのに、2005年には 41%と急増した(米国は22.6%)。また所得を決定する要因を「各人の選択や努力」「その時々の運」と考える人は日米共に多数派だが、「学歴」と考える人が米国77%に対し、日本は半数以下の43%。「才能」と考える人が米国60%に対し、日本は29%。つまり米国人が重要視するのは努力>学歴>才能の順であるのに対し、日本人は努力>運>学歴の順である。そして「学歴」と「才能」で所得が決まるべき、と考える人が米国では50%を超えるが、日本では 10〜15%に過ぎない。「日本人=勤勉な努力家」というのが自他共に認める国民像だったが、どうやら国民自身の価値観は変わってきたようだ。
「格差社会」と言われ始めて数年、努力だけでは解消できない「不平等感」は、もはや諦念となって澱のように若い世代の心に沈着しつつある。

日本人は「選択や努力」以外の生まれつきの才能や学歴、運などの要因で所得格差が発生することを嫌うため、そのような理由で格差が発生したと感じると、実際のデータで格差が発生している以上に「格差感」を感じると考えられる。…(中略)…一方、学歴格差や才能による格差を容認し、機会均等を信じている人が多いアメリカでは、実際に所得格差が拡大していても「格差感」を抱かない。こうしたことが、日米における格差問題の受け止め方の違いの理由ではないだろうか。(II「公平だと感じるのはどんな時ですか?」より)

[2011年6月28日] この日の感想・書評へ→

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