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慶喜の捨て身

幕末バトル・ロワイヤル
野口武彦

こんな落とし咄がはやった。このたび長州ご征伐につき、江戸市中はもちろん、全国の天領、寺院にまで御用金を仰せ付けられて困っているという話を毛利大膳父子が聞き、「これも自分たちのせいだ」と責任を感じて上納を申し出たというのである。幕府がこれを許可すると毛利父子は大いに喜び「お聞き済み有難うございます。しかし無利息というわけには参りかねますので、手前どもは禁裏を頂きます」(第一部慶応狂瀾録「その六 将軍御進発」より)

前作「天誅と新選組」に続く、幕末バトル・ロワイヤルの第四弾。江戸時代最後の年号となった慶応年間の出来事が題材であり、大政奉還という乾坤一擲の勝負に全てを張った「慶喜の捨て身」と、その顛末が本編のクライマックスとなっている。
薩長による武力討伐を回避するべく、意表を突く形で自ら先手を打って将軍職を投げ出し、混乱の中で時間を稼いで政治の実勢を握り直そうと図った慶喜。しかし、一つの致命的な判断ミスによって彼の野望は潰えた。それは、反幕諸藩との正面衝突を回避するべく朝廷主宰の諸侯会議を欠席、主導権を岩倉具視の手に委ねてしまったことである。その結果欠席裁判の様な形で徳川家処分へと流れが大きく傾き、「王政復古の大号令」が発せられることとなった。まさに才子が才に溺れた形だ。
なおこうした歴史の本流以外に、物価高に激怒した民衆による打ち壊しや、「ええじゃないか」の流行等、幕末の世をしぶとく生きる庶民の息遣いもイキイキと描かれている。

幕府瓦解の主題旋律は、まずは社会の低温部の暗いざわめきから始まった。第二次征長に備えて、幕府・諸藩では兵糧米や軍需物資の大量買付を行ったため、典型的な戦時インフレーションが発生した。米・油・炭・薪など生活必需品の値段が騰貴する。とりわけ米価は記録破りに高騰し、五月には百文で一合五勺しか買えなくなった。前年の慶応元年にはまだ二合五勺は買えたのだ。(第二部幕府瓦解録「その一 江戸打壊し」より)

[2011年7月28日] この日の感想・書評へ→

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