河出書房新社編集部編
こうした原発事故の状況や情報を「隠蔽」したり「秘匿」したりする人は、そうすることによって「自分が一体何をやっているのか」が判っていないのです。一番大事なことが判っていない。把握できていない。自分だけが判っていて、パニックなり何なりを防ぐために情報を止める、と。しかし、その判断の根拠は一体何でしょう。自分が一体何をやっていて、どういう帰結を招くのか、どのような禍根を未来の人類に残すのか、彼は本当に「判っている」のでしょうか。(佐々木中「砕かれた大地に、ひとつの場処を」より)
「3.11」という未曾有の災害によって、人間が自然の振る舞いに対していかに無力か、自然の破壊力を「想定内」として片付ける姿勢がいかに傲慢だったかを改めて思い知らされた。その一方で、先が見えない原発の事故処理や放射能汚染の問題を前に、今日の都市の繁栄が実は相当脆弱なバランスの元で成り立っていた事実にも気づかされた。この度の災害は、多くの人々にとって暮らしと技術のあり方を見直す契機となったことは間違いない。 さて「思想としての」という大上段に構えたタイトルが付いた本書は、鶴見俊輔、吉本隆明、木田元など17人の思想家・哲学者が、各々の角度から「3.11」について述べた論考集である。率直に言って玉石混淆。新たな知見を与えてくれる一文もあるが、己が哲学的教養を披瀝しただけのマスターベーション的一文もある。せっかく日本中の誰もが共有できる普遍的テーマなのに、内輪の思想家同士にしか伝わらない難解な言説をこねくり回してどうするのだろう…。
自然とは、そもそも想定を超えたものであるよりほかはないではないか。わたしたちはどうあっても自然によって培われ、生きてきたのではないか。それを人間が想定できる範囲におさめることなどできないはずだ。想定外を強調する言説は、すべてを想定せよ、想定しないことは悪だというリスク社会的言説をまき散らす。だがそれは、あまりに自然に対して傲慢な姿勢ではないか。(檜垣立哉「自然は乱暴であるに決まっている」より)
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思想としての3.11
河出書房新社編集部編
「3.11」という未曾有の災害によって、人間が自然の振る舞いに対していかに無力か、自然の破壊力を「想定内」として片付ける姿勢がいかに傲慢だったかを改めて思い知らされた。その一方で、先が見えない原発の事故処理や放射能汚染の問題を前に、今日の都市の繁栄が実は相当脆弱なバランスの元で成り立っていた事実にも気づかされた。この度の災害は、多くの人々にとって暮らしと技術のあり方を見直す契機となったことは間違いない。
さて「思想としての」という大上段に構えたタイトルが付いた本書は、鶴見俊輔、吉本隆明、木田元など17人の思想家・哲学者が、各々の角度から「3.11」について述べた論考集である。率直に言って玉石混淆。新たな知見を与えてくれる一文もあるが、己が哲学的教養を披瀝しただけのマスターベーション的一文もある。せっかく日本中の誰もが共有できる普遍的テーマなのに、内輪の思想家同士にしか伝わらない難解な言説をこねくり回してどうするのだろう…。
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