犬
中勘助
聖者は悪夢から醒めたように我に返ってほっと息をついた。彼が毎夜ひそかに貪り見た女の肉体は今その上半を露出して膝の前に横わっている。彼は猿みたいな顔になってわくわくしながらその一個処から他の個処へと目をうつした。
「おお、このちち」
その絹のような肉の袋は迸り出ようとする生気ではちきれそうに張っている。彼はそのひとつをふっくらと掴んでみた。それは大きな手にあまってぶくぶくとはみだそうとする。いかにも女らしい肉と脂の感じである。(「犬」より)
お目当てだった「銀の匙」を読み終えた後、せっかくなので文庫本の残りの短編も読んでみたが、その中で「犬」という作品には何とも言いがたい衝撃を受けた。印度の町外れの森で苦行に勤しむバラモン僧が、異教徒に犯され子供を身ごもった若い娘に執心した末陵辱し、その揚句に自分共々犬の姿に変身させ淫欲を満たすというおぞましい話。特に後半は畜生道に落ちた僧犬が、娘犬に心理的圧迫を加えながら愛欲に耽る様が綴られるが、なまじ非凡な文才を持っている作者だけに、性的描写の丹念さと執拗さは相当なものである。
大正11年に発表された際、掲載誌「思想」は発禁となり、その2年後に単行本として岩波書店から出版された時も、伏字が四千字を大きく超えたとのこと。読み手を郷愁の世界へと引き込む「銀の匙」と同じ作者とは到底思えない、幻想的な狂気とエロティシズムの匂いを放つ妖しい名作である。
彼女はきゃんきゃんと、悲鳴をあげた。口から泡をふいた。神意によって結ばれた夫婦の交わりは邪教徒の陵辱よりも遥に醜悪、残酷、かつ狂暴であった。……僧犬はやっと背中からおりた。彼女はほっとした。が、その時彼女の尻は汚らしい肉鎖によって無慙に彼の尻と繋がれていた。彼女は自分の腹の中に僧犬の醜い肉の一部のあることを感じた。それは内蔵に烙鉄をあてるように感じられた。彼女は吐きそうな気になった。(「犬」より)


幻の瀧(富山)
吟醸・レトロラベル
180ml/500円
キリンビール仙台工場への取材の帰り、青葉通りにある立ち飲み「酒蔵大沼」で一人呑み。自販機で金券を買ってオーダーするスタイル。若いスタッフ中心の感じの良い店だ。一杯目に呑んだのが「幻の瀧」。三菱食品が扱う料飲店専用のレトロラベルシリーズの一つ。原料米には富山県産の華越前を使用。中辛の中にほんのりと甘味を感じる、コクのある味吟醸タイプ。肴は砂肝とハツの串焼。
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