ジャーナリズムの陥し穴
明治から東日本大震災まで
田原総一朗
一体メディアがどこに立って見るか、その記者が、そのディレクターが、どういう世界観、人間観を持っているかで、すべて見る景色、伝えられる景色は変わってくる。これは紛れもない事実だ。ところが日本のジャーナリズムは、客観報道などという、ありもしない建前を、まるであるかのごとく置いている。そのため、アメリカやイギリスに比べ、非常に曖昧な姿勢に終始している(第一章「ジャーナリズムの歴史」より)
ジャーナリズムとは何か。本書によれば、それは「真実に近いものを探り出す作業」である。その「真実」に触れるため、ジャーナリスト田原はTVというメディアの特性を最大限に活用した。特に現役の政治家たちを相手にした時こそ田原の真骨頂で、あえて下品に挑発し、ぶしつけに斬り込んでは、相手の本性をカメラの前に曝け出させた。「客観報道などありもしない建前だ」という信条の下、強引に真実を引き出そうとするスタイルはまさに確信犯的であり、時には相手の政治家が哀れに見える場面さえあった程である。知性と論理で対象に迫ろうとした一方の雄・筑紫哲也とはまさに好対照。TV畑の叩き上げと新聞・雑誌畑のエリート育ちの個性の違いとでも言うべきか。
さてそんな田原による、3.11後に書かれた最新のジャーナリズム論である本書は、第一、二章で戦中・戦後の日本のジャーナリズム史に触れ、第三章以降からはいきなり「田原総一朗自伝」に切り替わるという、いかにも著者らしい強引な構成である。二冊の本をくっつけた様な違和感もあるが、その分読みどころも多く、「ジャーナリズムとは何か」を改めて考えるきっかけをいろいろ与えてくれる。
実は、橋本内閣が失脚したことが、私にとっても転換点になった。
宮澤首相、その前に事実上海部首相を失脚に追い込み、私の中で困惑が生じた。…(中略)…つまり国家権力側に政策、発想などがないのだとわかったのだ。カラッポであることがわかったのだ。
三人の首相を失脚させて、そのことを痛感せざるを得なかった。首相は失脚しても政治は変わらない。カラッポなのだから変わりようがないわけだ。(第六章「ジャーナリズムの現場ーその1」より)


勝山(宮城)
特別純米
300ml/577円
仙台駅で購入。しぼりたての鮮度を保つ「早瓶火入れ」と、-5度の氷温貯蔵によって酒質を安定維持し品質管理を徹底した、純米吟醸と同等のスペックを持つ特別純米酒。一瞬生酒かと思わせる程に米の風味が生きた濃厚な旨口タイプ。冷温以外にぬる燗、熱燗でも試してみたが、安定して同じ風味と味わいを楽しめる稀有な酒。原料米はひとめぼれ(55%精米)。蔵元は仙台市の仙台伊澤家 勝山酒造。元禄元年(1688)創業で、独眼竜政宗の伊達家御用蔵。
肴は同じく仙台駅で購入した塩仕込み牛タン焼、スモークタン、笹かまぼこ。
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