灘中 奇跡の国語教室
橋本武の超スロー・リーディング
黒岩祐治
通常、名著と言われる作品はそれを受動的に自分の中に受け入れることしか考えないが、この表題付けは違う。自分の方からおこがましくも、能動的に名著の中に入り込んでいくのである。そして、自ら編集者の気分よろしく、章ごとに表題をつけていくのである。まるで自ら本の製作に関わっているような楽しさがある。
しかも正解がないから、自分がつけた表題によって自分なりの『銀の匙』に生まれ変わっていく。この瞬間から、『銀の匙』は恭しく奉っている“名著”ではなく、親しみあふれる自分なりの“作品”に変質していくのである。(第二章「自由奔放な授業」より)
中勘助『銀の匙』一冊を中学3年間かけて読み込むという、灘中の“伝説の国語教師”橋本武の授業風景と、手作りの「銀の匙研究ノート」のエッセンスを、かつての教え子である神奈川県知事・黒岩祐治氏が再現した興味深い一冊である。
橋本の授業スタイルは「横道に外れることこそ私の狙い」という言葉に集約されるだろう。百人一首の場面が出てくると授業中に百人一首大会をやる。駄菓子の描写が出てくれば皆で駄菓子を食べ、凧揚げの情景が出てくれば、美術の先生の協力を得て美術の時間に凧を作るetc.…。そうしてどんどん横道にそれていく中で、生徒それぞれが自主的に何かを感じ、自ら興味の赴くままに『銀の匙』という作品を深堀りしていくのだ。但し授業以外では、古典を含めた課題図書を読ませて毎月感想文を書かせたり、短歌を作らせて歌集を編んだりというハードワークも課すことで、多角的に国語力が身に付く指導も並行して行っている。
つまるところ、「自ら学びたい気持にさせる」というのが教育の真髄なのかも知れない。本書を読んで、灘中・灘高に対するイメージも少し変わった。
百人一首には恋の歌も多いが、そこに歌われた恋の意味をああでもないこうでもないと中学一年生相手に論じてみたところで、詮無いことである。それよりも、言葉の響きがなんとはなしに体の中にしみ込んでいく方が、古典としての百人一首に向き合う意義ははるかに大きい。しかも、もともとかるた遊びが百人一首の本来のあり方なのだから、みんなで暗誦してかるた大会に臨むことこそ、本来の百人一首の勉強法だと先生は考えたのであった。(第二章「自由奔放な授業」より)


白鴻(広島)
純米吟醸無濾過生原酒・雄町
1800ml/3360円
阪急六甲「粋酔」の「月替わりメニュー」。広島県産の雄町を60%精米し、広島吟醸酵母で醸した純米吟醸の無濾過生原酒。日本酒度+6、酸度が1.7。濃厚な旨味が口の中に広がる辛口。生原酒にしてはキレも良し。
呉市にある蔵元の盛川酒造は明治20年(1887)創業。蔵内で汲み上げる野呂山系の地下水は、軟水地帯と言われる広島県内でも一、二を争う超軟水で、この良質な水を用いることで米の旨味が引き出され、芳醇で味のある酒を醸すことができるとのこと。肴はピリ辛胡瓜。
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