分身
東野圭吾
「母は自殺したのだ。しかも彼女は私や父をも道連れにしようとしていた。あの夜私を襲った突然の眠気。そして夕食の後で母が出してくれたリンゴ茶。あの中に睡眠薬が入っていなかったなどと、一体誰がいえるだろう。母は私と父を眠らせ、部屋中をガスで満たした上で、火をつけようとしたのだ。
問題はその動機だ。それについては私は見当もつかない。母がなぜ私を避けるようになったのかということも含めて。(「鞠子の章 その一」より)
北海道と東京を舞台に、それぞれの母の死をきっかけに、自らの出生の秘密を探ることになった瓜二つの“他人”、鞠子と双葉。不可解な出来事や危機が迫る中、禁断の医療技術と20年前の愛憎劇が浮き彫りになっていく…。医学技術の進歩が直面する「法」や「倫理観」との摩擦をテーマにした1993年の旧作で、長澤まさみ主演による今年2月のTVドラマ化が先頃発表されている。真に迫るリアリティには欠けるが、古さを感じさせないテンポの良い展開に惹かれ、 4時間で読み終えてしまった。
クローン技術は、両性の関わりなしに子を生み出すことを理論上可能にしたが、そのことは新たに、生殖における両性の存在意義や人間の尊厳、家族観への影響 etc.生命倫理上の問題を提起した。クローン羊「ドリー」の誕生が世界中で話題になったのは、本作発表の3年後に当たる1996年のこと。15年後の今年4月には、ヒト遺伝子を移植し、成牛になれば「人間の母乳と同様の乳を出すようになる」クローン乳牛がアルゼンチンで誕生した。思えば本作は、そうした一連の流れをいち早く先取りした科学サスペンスと言えるかも知れない。
「彼女たちに罪はないんです」脇坂講介がいっている。「ふつうの人間です。そんな言い方はかわいそうだとは思いませんか」
「だからあなたは何もわかっていないといっているでしょう。自分とそっくりのマネキンが、ショーウインドウの中に飾られている光景を想像してみなさい」
この瞬間、あたしの中の何かが壊れた。あたしは後ろのドアを開け、部屋を飛び出した。(「双葉の章 その十一」より)


長龍(奈良)
吉野杉の樽酒
180ml/280円
六甲「粋酔」の新ラインナップ。お銚子の瓶が一昔前の佇まいで良い雰囲気だ。蔵元さんが直接営業に来たので、試しに置いているとのこと。
樹齢約80年、上質の吉野杉甲付樽に肌添えさせ、味と香りが整った最上の時を選んで瓶詰している。精米歩合70%。ぬる燗、常温、冷温、氷温(酒器に注ぐと氷結するみぞれ酒)の4パターンをフルに楽しませてもらった。樽酒は常温か燗でしか飲む機会はなかったが、きりっと冷やしてもなかなか旨い。肴は牛肉の佃煮、一人鍋etc.。
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