孫文
舛添要一
失敗を重ねながらようやく辛亥革命を成し遂げ、中華民国の大総統の座を勝ち取るわけだが、まもなくそのポストを袁世凱にいとも簡単に譲ってしまう。いちばんの狙いである専制君主制の打破をするためには、袁世凱に大総統の座を譲る必要があったにせよ、そうした大きな決断できたのはなぜか。
日常の素顔の孫文というのも、落差があって興味深い。いつも本を読んでいて、学者然としているが、たんなる堅物かといえば、そうではない。犬養毅に「君の好きなものは?」と聞かれて、「一にレボリューション(革命)」、二にウーマン(女)、三がブック(読書)と答えたという。(「はじめに」より)
歴史上の革命家といえば先陣を切って民衆を導くイメージが強い。だが孫文は辛亥革命が起きた時、欧米主要国を回って革命への理解を要請する傍ら、資金集めに奔走していた。「自分が革命事業で力を尽くすのは戦場ではなく外交にあり、得るところの効果も一層大きい」という孫文自身の卓見であり、単なる直情家ではない事がよく分かる。また革命家の大半は、事が成った後そのまま新しい権力者として振る舞うのが普通だが、孫文は中国の平和統一を最優先するため、あっさりと袁世凱に総統の座を譲った。歴史上の評価は別として、権力に執着しない根っからの革命家であることが、この一事を以て分かるというものだ。
昨年は辛亥革命100周年であり、本書の初版は革命記念日でもある10月10日(双十節)。孫文に対する著者の思い入れの深さがうかがわれる。ただ、なぜ舛添要一が孫文を?という唐突感は否めないし、最後の一章は著者自身の外交センスと中国への見識の深さを誇る内容となっている。厚生労働大臣よりも外務大臣をやりたいなあ〜というアピールなのかもしれないなと、読みながら感じてしまった次第。
一九二四年、北京政府内でクーデターが勃発する。首謀者は軍人、馮玉祥。北京の政局を主導してほしいと依頼してきた。孫文は了承し、、北京へ行くことになったのだが、上海から天津経由で北京に向かう途上で、孫文は日本に立ち寄っている。
神戸である。そのときに行ったのが、かの有名な「大亜細亜主義」講演。日本に対して、〈西洋覇道の犬となるか、あるいは東洋王道の干城となるか、それは日本国民の慎重に考慮すべきことであります〉
と迫った言葉は、結果的に遺言となってしまう。(第二章「キーワードで辿る孫文の足跡」より)


一白水成(秋田)
純米吟醸無濾過生原酒
1800ml/2940円
「さくら亭」での三杯目。通常は出品酒クラスで行う袋吊りを、純米吟醸で行ったもの。程良い酸味と軽い甘味を持つ、青リンゴのような清涼感のある味と香り。口当たりも滑らかで品が良く、無濾過生原酒にしては全体的に綺麗な酒、という印象である。原料米は地元産の美山錦(50%精米)。
蔵元は南秋田郡の福禄寿酒造。元禄元年(1688)の創業。「一白水成」(いっぱくすいせい)とは「白」い米と「水」から「成」る「一」番旨い酒、を表している。
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