ビジネス/経営
クルーグマン教授の経済入門
ポール・クルーグマン著/山形浩生訳
貿易赤字を減らそうとしたら、間接的には雇用が下がる可能性だってあるんだよ。少なくともしばらくは。赤字を減らすためには、ドルの価値を下げたり、輸入制限をしたりすることになって、これはどっちもインフレのもとなんだし。そうなったら、インフレをおさえるんでちょっと国内の締めつけを増やさなきゃなんない。となると、貿易赤字をなくしたら、ちょっととはいえ、かえって仕事は減るって結果になりかねない。(4「貿易赤字」より)
近頃、マトモじゃないなあと思う人達の話をよく耳にする。「望んで子供に食べさせてる訳ではないから」と、裕福なのに給食費を払わない小学生の親。「私も同じ電車賃を払っているのだから」と、高齢者に席を譲らず平然としている若者dtc.。わざと屁理屈を言って周りを困らせる人は今も昔もいるが、最近のマトモじゃない人達は、それとは少し違う。本書で言う「非社会的」な人々である。非社会的な人とは、「人として当たり前の感情」を持っていない人のこと。「反」社会的な人は法律で取り締まることもできるが、「非」社会的な人は、法に触れる行動を取る訳ではない分始末が悪い。
こうした非社会性を、著者は歴史的・社会経済的な視点も含めていろんな角度から分析し、世の中が合理性や効率を追求しすぎた故にこの種の感覚を持つ人が増えたのだ…と結論づけている。「当たり前の感情」を持たない人達が増殖すると、この先日本は相当ヤバイことになりそうだが、本書にも確たる処方箋はない。
確かに保護貿易ってのは、たいがいは悪いにはちがいないんだけど、でもそれほどには悪いもんじゃないんだってことは指摘しといていいだろう。保護貿易は、雇用を減らしたりはしないの。貿易赤字が雇用に影響しないのと同じこと。アメリカの雇用は、基本的には供給で決まっていて、需要で決まってるんじゃないんだもん。保護貿易が大恐慌を引き起こしたなんて、ナンセンスもいいとこ。将来の保護貿易がそれをくりかえす結果になるなんてのも、同じくまったくのナンセンス。(10「自由貿易と保護貿易」より)
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ドラッカーの講義
マネジメント・経済・未来について話そう 1991-2003
P.F.ドラッカー
私たちが本当に得意なものは何なのでしょうか。私たちの顧客は何に対してお金を払ってくれるのでしょうか。なぜ、私たちから買ってくれるのでしょうか。競争の激しい非独占的なマーケット―世界はすでにそうなっています―では、顧客が競争相手からではなく、自分の会社から買うはずだという理由などまったくありません。皆無です。みなさんの会社から買うのは、その顧客にとって価値のある物を手に入れられるからです。(「まずは自己を管理し、それから会社を」より)
ドラッカーが亡くなって6年経つが、「もしドラ」を筆頭に、その名を冠した亜流の解説本が書店の棚を賑わし続けている。そもそも氏の著書・論文はいずれも断定的で分かりやすい文章で綴られているので、変に寄り道せず原典から入ればいいのに…と私なんぞは思ったりするが、どんな入口であれ一つのきっかけに繋がるのなら、それもまたムダではないのだろう。
さて本書は書名の通り、ドラッカーが1991年から2003年にかけて行った講義/講演のうち17回分の記録が収められている。「語り」がベースのせいか、時折孫や娘の話が飛び出すなどいつも以上になじみやすい。何より読み手側が1991年から2003年にかけての時勢の流れを踏まえた上で読めるため、折々のドラッカーの発言がいかに本質をとらえていたかを改めて確認することができる。「私が呈示しているのは未来ではなく、既に起きている現実なのだ」と事ある毎に述べたドラッカーだったが、本書の中身がその炯眼を如実に物語っている。
私たちは今、これまでまったく経験したことのないところに立たされているのです。そしてこれから三〇年間、教育を受けた人たちの大半は、自分たちの居場所を定めることを学ぶ必要に迫られるでしょう。
人類の歴史上初めて、私たちは自分自身を経営する責任を負わされるのです。お話ししたように、これはおそらくどんなテクノロジーよりもはるかに大きな変化です。人類を取り巻く環境に起こっている変化です。(「自分自身を経営する」より)
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競争と公平感
市場経済の本当のメリット
大竹文雄
多くの国では、市場経済を信頼して、貧困対策は国に期待するという経済学者の標準的考え方と一致した考え方を人々がもっている。アメリカは、市場経済を信頼するが国の役割にはあまり期待していない。宗教が所得再分配で重要な役割を果たしているのかもしれない。日本は市場経済への期待も国の役割への期待も小さいという意味でとても変わった国である。(I「競争嫌いの日本人」より)
本書内のデータによると、日本では「人生での成功を決めるのは運やコネである」と考える人が90年代は20〜25%と少数派だったのに、2005年には 41%と急増した(米国は22.6%)。また所得を決定する要因を「各人の選択や努力」「その時々の運」と考える人は日米共に多数派だが、「学歴」と考える人が米国77%に対し、日本は半数以下の43%。「才能」と考える人が米国60%に対し、日本は29%。つまり米国人が重要視するのは努力>学歴>才能の順であるのに対し、日本人は努力>運>学歴の順である。そして「学歴」と「才能」で所得が決まるべき、と考える人が米国では50%を超えるが、日本では 10〜15%に過ぎない。「日本人=勤勉な努力家」というのが自他共に認める国民像だったが、どうやら国民自身の価値観は変わってきたようだ。
「格差社会」と言われ始めて数年、努力だけでは解消できない「不平等感」は、もはや諦念となって澱のように若い世代の心に沈着しつつある。
日本人は「選択や努力」以外の生まれつきの才能や学歴、運などの要因で所得格差が発生することを嫌うため、そのような理由で格差が発生したと感じると、実際のデータで格差が発生している以上に「格差感」を感じると考えられる。…(中略)…一方、学歴格差や才能による格差を容認し、機会均等を信じている人が多いアメリカでは、実際に所得格差が拡大していても「格差感」を抱かない。こうしたことが、日米における格差問題の受け止め方の違いの理由ではないだろうか。(II「公平だと感じるのはどんな時ですか?」より)
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物語の命題
6つのテーマでつくるストーリー講座
大塚英志
「エーリクの命題」
転校生は外の世界からやってきて内側の世界の問題を顕わにし、そして解決し、内側の世界を再生させ自らも成長する。
「アトムの命題」では主人公は「成長を禁じられた人造人間」−それは「死者」の「身替わり」として表現可能です−として定義しましたが、「エーリクの命題」では主人公の基本属性は「転校生」です。
いうまでもなく「転校生」というのは、まんがやアニメーションにおいては「お約束」です。(第二章「ギムナジウムの転校生−『エーリクの命題』」より)
創作のかなり本質的な部分までが「型」や「形式」だ、と考える立場から、事前に用意された「命題(テーマ)」に従って物語を作るワークショップを大学で実践、その講義のエッセンスを書籍化したものである。
一般的には文学でも映画でも、物語にはまず「表現したいテーマ」が作り手の心の内にあり、才能やオリジナリティの基点はそこにこそ存在すると考えがちだが、本書を読んでいくと、物語の命題というのはかなり類型化できる上、全く同じ命題からでも多種多様な傑作は生まれ得るのだな、ということがよく分かる。もはや「命題」×「プロット」×「キャラ設定」×「文体」etc.の変数を恣意的に組合せるだけで、万人受けする“傑作”が相当な高確率で作り出せる時代が迫っているのかも知れない。
なお著者は既に「ストーリーメーカー」という前著で物語のプロット作りを、「キャラクターメーカー」でキャラクターの作り方を同じスタイルで扱っているとのこと。折を見て読んでみたい。
本書は幾人かの優れた描き手が堂々巡りしてきた「テーマ」を抜き出し、整理し、そして本書で「命題」と呼ぶところの短文としてまとめ、そこからシナリオやストーリーやまんがのネームをつくるというワークショップです。つまり「テーマ」から「ストーリー」をつくりましょうという、極めて普通で凡庸な創作論とその実践の記録です。しかし不思議なことにこれまでやってきたいくつかのワークショップの中で、この「テーマからつくる」ワークショップは「傑作率」が高いのです。(「あとがき」より)
[2011年1月 4日] この日の感想・書評へ→
ドラッカー・ディファレンス
クレアモントの授業
クレイグ・L・ピアース他
マネジメントを教養とすることによって、初めてわれわれは、二一世紀の自由社会にふさわしいマネジメントの人間を育てるための指針を得ることが可能となる。もちろんそのためにはマネジメントの体系だけでなく、社会科学と人文科学を学ぶことができなければならない。ドラッカーのいうように、マネジメントとは人の精神にかかわるものであり、善悪の観念にかかわるものだからである。(第1章「教養としてのマネジメント」より)
ウォールストリート・ジャーナル(2007)によると、米企業のCEOの平均年収は一般社員の180倍にも達している。2009年には経営難に陥った保険会社AIGが、政府予算1820億ドルの救済を受けながら、役員達が1億6500万ドルのボーナスを取得しようとした。また米自動車業界のお偉方が自社産業を税金で救済してもらおうと、社用ジェット機でワシントン詣でをして世間の失笑を買ったのも記憶に新しい…。
「マネジメントとは教養である」というのがドラッカーの命題であるとするならば、経営責任に目を瞑って超高額報酬を当然のように得ようとするCEO達は、恥を知らない無教養者の集まりということになる。だとしたら米企業で多くのマネジメント層を輩出するMBAでは、一体どんな教育を行っているのだろう。
本書はドラッカー自身が創設、亡くなる直前まで教鞭を執った米クレアモント大学院「ドラッカースクール」の同僚達が、必修科目の連続講義を整理し世に出したもの。「今こそマネジメントは教養であるべき」との基本姿勢が、広範なテーマの随所から滲み出ている。
企業にかかわる関係者の利害が衝突するとき、どの利益を優先させるべきなのか。最終的にマネジメントは、顧客ニーズを満たすのか、従業員に福利厚生を提供するのか、株主価値を最大化するのか、国家や地域コミュニティの利益を増進するのか、それら以外の目的の達成に努めるのか、企業にとっての最優先事項を決定しなければならない。
ドラッカーの答えは明らかだ。「顧客こそが企業の存在理由である」。(第4章「企業の目的とは何か」より)
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ストーリーとしての競争戦略
優れた戦略の条件
楠木建
戦略は「当たり外れ」の問題ではありません。少なくとも事前においては、そこにストーリーがあるかないかという有無の問題です。もしくは、その道筋のついた地図を手に進んでいく人々が、「信じているか、いないか」の問題です。将来はしょせん不確実だけれども、われわれはこの道筋で進んでいこうという明確な意志、これが戦略ストーリーです。ストーリーを語るということは、「こうしよう」という意志の表明にほかなりません。「こうなるだろう」という将来予測ではないのです。(第1章「戦略は『ストーリー』」より)
優れた戦略とは何か。それは、思わず人に話したくなるイキイキとした“動画的”ストーリーであること。さらには、一見不合理だが全体の文脈の中では強固な合理性を有するクリティカル・コア(持続的競争優位の源泉となるキモ)を持っていること。要するに「違いをつくって、つなげる」ことが競争戦略作りの要諦であると本書は説く。
「ブルー・オーシャン戦略」をはじめ、「違い」を作る重要性を説いた本は数多あるが、たとえ一足先にブルーオーシャンを見つけても、そこが魅力的なマーケットなら瞬く間に競合も参入しレッドオーシャン化してしまう。つまり差異化だけでは持続的な競争優位は保てない。そこでストーリーの出番である。本書ではアマゾン、マブチモーター、デル、スターバックス等を例に、ストーリーとクリティカル・コアを持つことの重要性が平易に解説されているが、とりわけガリバーインターナショナルの事例には学ぶべき所が多い。
500頁の大著、それも経営書という硬いジャンルの本であるにも関わらず、スラスラと読めて頭に入ってくる。
ターゲットを明確にするということは、同時にターゲットでない顧客をはっきりさせるということでもあります。ターゲット顧客から徹頭徹尾喜ばれるということは、ターゲットから外れる顧客にはっきりと嫌われるということです。…(中略)…誰に嫌われるかを意図する、これが筋の良いコンセプトを描くための最も効果的な入り口であるというのが私の考えです。(第4章「始まりはコンセプト」より)
[2010年11月14日] この日の感想・書評へ→
フリー 無料からお金を生みだす新戦略
クリス・アンダーソン
ウェブの急成長は、疑いなく無償労働によってもたらされた。人々は創造的になり、何かに貢献をし、影響力を持ち、何かの達人であると認められ、そのことで幸せを感じる。こうした非貨幣的な生産経済が生まれる可能性は数世紀前から社会に存在していて、社会システムとツールによって完全に実現される日を待っていた。ウェブがそれらのツールを提供すると、突然に無料で交換される市場が生まれたのである。(第12章「非貨幣経済」より)
「タダより高いものはない」と昔の人は言ったが、そんな先人の金言に逆らう如く、タダにすることでお金を生む戦略を説いて売れたのが本書。とはいえ、何でもかんでもタダにすれば儲かる、という安直な話ではない。何百万本でも無料で作れて、かつ何百万人に配布しても大して費用のかからないデジタルコピー的な商品でなければ、FREE戦略は使いづらい。そして何より、タダで何かを提供する裏側で、Googleの様にきちんと収益源を確保する仕組みを整えることが肝要だ。要するに「損して得取れ」、浪花のあきんどの様に「転んでも“タダ”では起きない」しぶとい計算があってこその「FREE」である。
取り立てて新しい事は書かれていないが、自分達にもFREEから武器が作れないか?と考えるきっかけにはなった。
フリーは魔法の弾丸ではない。無料で差し出すだけでは金持ちにはなれない。フリーによって得た評判や注目を、どのように金銭に変えるかを創造的に考えなければならない。その答えはひとりずつ違うはずだし、プロジェクトごとに違うはずだ。その答えがまったく通用しないときもあるだろう。それは人生そのものとまったく同じだ。(第16章「お金を払わなければ価値のあるものは手に入らない」より)
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瀬島龍三 日本の証言
新・平成日本のよふけスペシャル番組スタッフ編
一九六七年六月の第三次中東戦争は…(中略)…かなり大きな戦争になるというように報道されていたのですが、私はたしかに一週間以内に終わると発言しました。 これも、湾岸戦争のときと同じで、公表されたオフィシャルなデータだけで判断しました。イスラエルがどのような戦闘機を、どのくらい持っているのか。地上軍の師団、機甲部隊の兵力はどうなっているか。対するアラブ諸国の空軍、陸軍はどうなっているか。それに、天候などの資料をそろえて、図上演習をやると、アラブ側は一週間もたないんです。(第五章「伊藤忠で育ち、伊藤忠を育てる」より)
日頃重いドラマは敬遠しているが、なぜか現在放映中の「不毛地帯」は欠かさず観ている。そしてドラマの周辺情報を通じて、主人公の壱岐正には瀬島龍三という実在人物のモデルがいると知り、興味を覚えて図書館で借りたのが本書。確かに、大本営の作戦参謀として直接作戦計画の立案に関わり、敗戦後11年にわたってシベリアで抑留された後、日本に帰還して四十代半ばにして総合商社に入社。航空機や自動車のビジネスに関わる一方、総合的な経営計画を立案する業務本部のリーダーとして頭角を現し、出世コースを駆け上っていく主人公は、まさに本書で語られている瀬島氏の半生と大いに重なっていた。
瀬島氏については名前を知っていた程度で、本書のベースとなった「日本のよふけ」という番組についても数回観たものの、鶴瓶やナンチャンと一緒に矍鑠とした老人が出てたなあ…という程度の記憶しかない。今オンエアしてくれたら確実にチェックするのに。
私は、二五年の重労働という刑を受けて、実際には一一年で帰国できたのですが、そういうことを含めて、「悲観的に準備をし、楽観的に対処する」ということが、大切かもしれませんね。…(中略)…これはいまでも、いろんなところに活かすことができるのではないでしょうか。人間というのは、どうしても楽観的に準備をして、そして事が起きたならば悲観的になりがちですから。(第六章「国家と社会への献身」より)
[2009年12月30日] この日の感想・書評へ→

人でなしの経済理論
トレードオフの経済学
ハロルド・ウィンター著/山形浩生訳
喫煙者と非喫煙者の医療費を比べたら、喫煙者のほうが高いというはっきりした証拠がある。でも平均すると、喫煙者は非喫煙者よりも6年から8年ほど早死にする。すると、一生で見れば、喫煙者のほうが介護ホームや年金支払いや社会保障費などが少なくてすむかもしれない。はっきり言ってしまうと、金銭的な面から見れば、喫煙者は早死にする分、一部の費用を節約し、便益を提供してくれるかもしれない。(6「人に迷惑をかけないとは?」より)
正しいか間違っているかじゃなく、費用と便益を秤にかける「トレードオフ」という視点から、敢えて世の中で物議を醸しがちなテーマ−臓器移植、著作権保護、禁煙/喫煙戦争、製造物責任etc.−について論じた書。いわば一種の偽悪的な思考実験であり、どんな政策や規制にも善悪両面あり、その二つをよく比べて考える必要があることを、平易な文章(訳者の力も大きい)で説いている。
例えば禁煙論争について。タバコは肺ガンや心臓疾患等の発症リスクを高め、将来の医療費増加に繋がるから禁煙政策を推進しろ、というのが世の論調である。しかし著者は、喫煙が医療費を削減する可能性を呈示する。統計的に喫煙者は非喫煙者より6〜8年早死にする分、余計な医療コストがかからないという論理からだ。寿命が短いと老人ホームの費用も少なく済むし、年金を受け取る前に死ぬか、かなりの残高を残して死ぬ確率が高い。つまり喫煙者は早死さえすれば、社会はきちんと「死の見返り」が得られるのだなと、一日10本程度の半端な喫煙者である私は、少し複雑な心境である。
シートベルトをする人に、それで運転が荒くなりましたかと尋ねると、そんなことはないという答えが多い。そこでぼくは質問を変えるのが好きだ。「こんど車に乗ったら、シートベルトが壊れていて締められなかったらどうします?」こう訊かれると多くの人は、シートベルトが修理されるまで、もっと気をつけて運転する、と答える。ということはですよ、シートベルトが壊れていなかったときには、それほど気をつけて運転していなかったということではありませんか?(7「規制と行動の変化」より)
[2009年12月27日] この日の感想・書評へ→

カップヌードルをぶっつぶせ!
安藤宏基
「打倒カップヌードル」はいつしか社員の合言葉になった。 新製品の数もみるみる増えていった。社内を元気にしただけでない。リクルート活動のキャッチフレーズにも使われるようになった。
「日清食品に入って、カップヌードルをやっつけるような商品開発をやろう。そんなやる気のあるやつ集まれ」と就職活動中の学生にも呼びかけた。
これで応募者が二倍に増えた。「面白い会社だ」というのが若い人の反応だった。(第1章「創業者は普通の人間ではない」より)
日清食品ホールディングスの安藤宏基CEOが、創業者であり父でもある安藤百福氏への思いや、様々なマーケティング戦略について綴った初の著作。仕事上のお付き合いでご献本頂いたが、知られざる創業者との様々な軋轢、経営上の裏話等がかなり率直に語られており、面白さの余り一気に読み終えた。よくありがちな経営者の自慢話集とは一線を画す内容。創業者と付き合う方法の一つに「まず『ごもっとも』と言え」などとは、自らを大きく見せたがる人だと、たぶんここまで率直には書けない。
思えば同社の新卒採用ホームページを手がけ始めたのは、9.11テロのあった2001年のこと。幸い本文(p12)中にもあるごとく、「打倒カップヌードル」のメッセージが学生に響いて応募者が倍増。以後8年が経ち、応募者も当時の3倍以上となった。毎年「他社が採用したくてもできない思い切った案を」とプレッシャーはきついが、その分効果ありと判断されれば、相当過激な案でもGOが出る。その大胆さ、思い切りの良さは驚くばかりで、こちらも創作者魂が刺激されて止まない。
企業としてのこうしたクリエイティブへの意識の高さ、感性の鋭さの到達点とも言えるのが、「hungry?」「NO BORDER」に代表されるカップヌードルのCMであろう。本書にはこの二大シリーズの全作品、及び大貫卓也氏を含む制作関係者のインタビューを収録したDVDが付録になっているのもうれしい限り。全作ぶっ通しで見たのは今回初めてで、特に「NO BORDER」シリーズの映像と音楽には、改めて胸に迫るものがある。
カップヌードルのブランド力は絶対で、商品価値を落とさないように日本と同じ高品質、高価格で売るのだという自信。これがやがて過信につながった。安売り競争に巻き込まれ、苦戦を強いられるようになっていったのである。 私はこれを「カップヌードル・シンドローム(症候群)」と名づけた。
思い起こすと、私が社長になってから今日まで一貫して取り組んできたことは、実は「カップヌードル・シンドローム」との闘いだった。そこにこそ、創業者と私との間に、長年の軋轢を生んだ原因が隠されていたのである。(第2章「創業者とうまく付き合う方法」より)
[2009年10月23日] この日の感想・書評へ→
戦略学
立体的戦略の原理
菊澤研宗
本書では、物理的世界を対象とする直接アプローチ、人間の心理的世界を対象とする間接アプローチ、そして知性的世界を対象とする間接アプローチを立体的に構成するための戦略思想を展開する。・・・(中略)・・・本書で展開する戦略思想は、三つの世界の実在性を前提とし、一つの直接アプローチと二種類の間接アプローチを立体的に構築する大戦略である。本書ではこれを「キュービック・グランド・ストラテジー」と呼ぶ。(第2章「戦略の新しい世界観」より)
「戦略学」というシンプルな題名の通り、クラウゼヴィッツとリデル・ハートに代表される軍事戦略論のエッセンスと、マイケル・ポーターの「競争戦略論」、資源ベース理論、ブルー・オーシャン戦略をはじめとする経営戦略論の要点を、一通り手際よく俯瞰できる格好のテキスト。さらにこれらを踏まえて、戦略を(1)物理的直接アプローチ戦略、(2)心理的間接アプローチ戦略、(3)知性的間接アプローチ戦略の三つに分類し、これらを立体的に再統合した独自の戦略論「キュービック・グランド・ストラテジー (CGS)理論」を提唱している。
プランナーの視点からすると、プロモーションの実戦に応用する際は(2)と(3)を厳密に区分する必要性は少ないが、市場への直接的アプローチと、生活者の心理と知性に働きかける間接的アプローチを組み合わせる事によって、戦略に幅と奥行きが生まれることは間違いない。
競争の激化、グローバル化、開発競争の激化によって、間接アプローチ戦略の重要性は今後ますます高まるだろう。間接アプローチ戦略を駆使し、直接アプローチ戦略をより効果的に利用するためにも、これらを体系的に規定するより高次のストラテジーの策定と、それに基づく戦略経営こそが、今後「一歩上を行く」企業に要求されることになる。(「第5章「知性的世界への間接アプローチ戦略」より)
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セブン-イレブンおでん部会
吉岡秀子
セブンのおでんは、カウンター横の鍋でぐつぐつと煮ているのではない。最初にこのオリジナルの希釈タイプのつゆを鍋に入れ、そのあと、下ゆでしたり、味付けしたりと簡単な調理をすませた各具材を並べる。セブンのおでんは、店の鍋で具材を温めればOKの文字通り“コンビニエンスなおでん”なのだ。(第4章「おでん」より)
秋冬の出張に欠かせないのが、旨い酒とコンビニのおでんである。特に「全品70円」なんて時には、全品制覇した上で、ふだん割高な「牛スジ」や「つくね」「鰯つみれ」なんぞを余分にもう一本贅沢する。何せ14品買っても千円札でお釣りが来るから、晩酌兼晩飯には十分だ。これでちょいと気の利いた地酒カップでも置いてあれば、幸福度はかなりアップする。
さて日頃から、コンビニでは生煮えのおでんと出くわさないなあと思っていたが、これって単なる幸運ではなく、元からしっかり味付けされた具材を、レジ横でただ温めるだけだったのね。で、そうした工夫の先鞭を切ったのがセブン-イレブンだったという訳だ。その他「おにぎり」「サンドウィッチ」「メロンパン」「カップ麺」「デザート」「アイス」等々、セブンオリジナル商品のこだわりがいろいろ紹介されていて興味深い。特にカップ麺開発の章では、先頃取材でお会いしたばかりのN食品Y氏が登場されていたので、余計に親しみを感じてしまった。
セブンのおでんの大根は、90年代から契約した専用農家で作っている。・・・(中略)・・・その大根、2005年は「下ゆで」と「隠し包丁」という工程を加え、2006年は、調理工程に使うすべての水を浄水器に通した水に変更し、大根本来の苦味と甘みを増す工夫をした。こうした手間ひまで、年間4万トン以上の大根が売れ、毎年、売上1位を確保している。(第4章「おでん」より)
[2008年1月 7日] この日の感想・書評へ→

「視聴率の怪物」プロデューサーの現場発想力
王東順/品川裕香(取材・構成)
「なにをつくりたいのか」。
「なにを表現したいのか」。
その核が決まっていれば、それをスピーディーにズバッと先にやればいい。
ポイントは、企画の核であって、メリット・デメリットなどを考え抜いて企画を通すことは、王道からはずれている。(44「メリット/デメリットよりも大事なこと」より)
フジテレビ在籍中に「クイズ!ドレミファドン」「なるほど!ザ・ワールド」「クイズ年の差なんて」「新春かくし芸大会」「FNS2時間テレビ」「スターどっきり(秘)報告」等をプロデュース。2000本以上のテレビ番組を手がけ、“視聴率の怪物”と呼ばれた名プロデューサーが、企画の王道について語りおろした本。実は昔から人気番組のエンディングで「王東順」の名前を目にするたび、自分と同じ中国籍では?と気になる存在だった。数々のヒット番組が生まれたきっかけや裏話、アイデアの素がわかりやすくまとめられており、大いに勉強になる一冊。
結局企画マンにとって大切なことは、「粘り強く考え続け、あらゆることに興味を持ち、思い付きはこまめに書きとめ、そして諦めない」ということか。
『なるほど!ザ・ワールド』では、カメラマンは必ずリポーターの背中越しに映像を撮る。こうすると、画面の映像はまさに視聴者の目線と同じになる。
従来は、カメラが先に行って、正面からリポーターを撮影する迎えショットが主流だったのだが、極力これを避けることにした。・・・(中略)・・・リアリティを極めることこそ、企画を極める王道なのである。(49「リアリティこそが最大の武器だ」より)
[2007年10月 7日] この日の感想・書評へ→

神話の法則 ライターズ・ジャーニー
クリストファー・ボグラー
ヒーロー(英雄)、メンター(賢者)、シェイプシフター(変化する者)、シャドウ(影/悪者)のように、神話の世界で繰り返し登場するキャラクターは、私たちの家や妄想の中に繰り返し現れる人物と同じである。したがって、神話や神話のモデルに基づいて作られたほとんどのストーリーには、心理学的な真実がある。(第1章「マッピング・ザ・ジャーニー」より)
ハリウッド映画のストーリーの多くが、神話を下敷きにプロットを構築しているのは有名な話。現在20世紀フォックスでストーリー・エグゼクティブ(開発担当役員)として活躍中の著者は、そうしたストーリー開発の代表的な存在である。そして本書で著者は、物語の基本構造を「全三幕12ステージ」に分解、個々のステージについて丁寧に解説しながら、多くの人を引き付ける「神話の法則」を明らかにしている。その12ステージをここへノート代わりにメモっておくことにしよう:
[第一幕](1)日常の世界(2)冒険への誘い(3)冒険への拒絶(4)賢者との出会い(5)第一関門突破→[第二幕](6)試練・仲間・敵対者(7)最も危険な場所への接近(8)最大の試練(9)報酬→[第三幕](10)帰路(11)復活(12)宝を持っての帰還
「インディージョーンズ」「E.T.」「スターウォーズ」辺りを思い描きながら読むと、法則の趣旨はよく判る。
私たちライターは、シャーマンの持つ神のような力を担っている。私たちは他の世界に旅をするというだけでなく、宇宙と時間から神秘的な力を生み出す。シナリオを書くとき、本当に自分のイメージする世界へ旅している。真剣に何かを書こうとしたライターなら誰でも、この旅をするために孤独と集中力が必要であることを知っている。私たちは、ライターの語るストーリーによって、実際に他の時代や場所に旅をしているのだ。(「エピローグ」より)
[2007年9月20日] この日の感想・書評へ→

おまけより割引してほしい
徳田賢二
つまり、同じ財源を使うとすれば、値ごろ感という視点からは、おまけよりも割引に使った方が有効であることが分かる。しかし、この簡単な値ごろ感の分数式からいくつかの重要な視点も導き出される。それは、割引と同等の値ごろ感1.25を作り出すには、分子には500円×1.25=525の価値を作り出せねばならない。つまり、100円の割引に対して、 125円のおまけでやっと釣り合うわけである。(「はじめに」より)
副題は「値ごろ感の経済心理学」で、「値ごろ感↑=価値↑/費用↓」という単純かつ万能な分数式をベースに、値ごろ感の作り方やベストセラーの秘密、衝動買い・大人買い・ついで買い・はしご買い等を引き起こす理由を分かりやすく分析した書。「なぜおまけより割引の方が得した気分になれるのか」が、程良く論理的に解説されており、この数式を知っただけでも値打ちがある。
確かに個人的経験からも、思いがけない値引きやキャッシュバックが受けられた時、ほんの数百円でも結構一日幸せな気分でいられたりするもの。ふだん何気なく感じていることや、取っている個人的経済行動を手際よく説明してくれているので、ちょっと賢くなって得した気分になれる一冊。今回は図書館で借りたので、なおさら値ごろ感は高いぞ。
いずれにせよベストセラーは、分子の高い価値と分母の低い費用の組み合わせからなる高い値ごろ感を持っている。・・・(中略)・・・多くの人が使っているということは、それだけで私たちの基本的な安全欲求を満たしている。・・・(中略)・・・さらに目立つ商品であればオプションとして優越(顕示)欲求を満たし、自分の好みを発現する自己実現欲求にもつながってくる。(その4「ベストセラーの秘密」より)
[2007年8月18日] この日の感想・書評へ→

ドラッカーの遺言
ピーター・F・ドラッカー談/窪田恭子訳
たとえば私は、七〇年間にわたって部下を持ったことがありませんが、それは二〇代の半ばに自分が部下を持つことに向いていないと気づいたからです。・・・(中略)・・・人を管理し、マネージしていくことが下手だと認識できたために、早くから組織に属して働くことを止めたのです。(第6章「個人のイノベーション」より)
死の約3ヶ月前に行われたインタビューを元に構成された、ドラッカー氏の日本人に対する最期のメッセージ集。享年95歳ということでいつ亡くなってもおかしくはなかったのだが、もうこれで氏の新刊が読めないという事実に思い至ると、霧深い山中で突如羅針盤を失ったような心細さを禁じ得ない。
実際のところここ数年程は「ドラッカー氏かく語りき」という有難味だけで、著書の中に特段新たな発見があった訳ではない。ただ“かのドラッカー氏が発した言葉”というだけで、何を読んでも神のご託宣の如き絶対的安心感を得ることができた。
ますます混迷を深めるこれからの社会にあって、これ程までに絶対的存在感と説得力を示せる人物が今後現れ得るのだろうか。
「問題重視型」の思考に囚われるな。「機会重視型」の発想を持て。 現実における変化は、決して以前のものとは同じにならない。そして、机上で考える変化より先に現れる。(第4章「日本が進むべき道」より)
[2006年5月28日] この日の感想・書評へ→

プロフェッショナルマネジャー
ハロルド・ジェニーン+アルヴィン・モスコー著/田中融二訳
本を読む時は、初めから終わりへと読む。
ビジネスの経営はそれとは逆だ。
終わりから始めて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ。(第二章「経営の秘訣」より)
ユニクロの柳井正会長が「私の最高の教科書」として推薦したことによって一躍脚光を浴びた経営書。柳井氏のお墨付きがなければこれ程売れなかったはずだし、私も読まなかっただろう。黒を基調にした装丁の格好良さも、セールスに一役買ったと思われる。酒も本も、外からの見た目というのは結構重要なのだ。
内容は、経営“職人”であるための心構えや覚悟について、著者が自らの経営体験を踏まえて著したもの。本気で経営を職業にしたい人には、含蓄のある言葉が随所に散りばめられている。
ところで本書の舞台となったITTという超大型企業は、著者の死後まもなく解体されたという。経営者が成すべき事を広範な角度から書き記している本書が、後継者を育てる重要性について全く触れていないのは、まさに皮肉というしかない。
実績のみが、きみの自信、能力、そして勇気の最良の尺度だ。実績のみが、きみ自身として成長する自由をきみに与えてくれる。
覚えておきたまえ。ーー実績こそきみの実在だ。ほかのことはどうでもいい。マネジャーとは、“実績をもたらす人間”だと私が定義するのはこの理由による。(第十四章「やろう!」より)
[2005年7月 8日] この日の感想・書評へ→

実践する経営者
P・F・ドラッカー著/上田惇生編訳
アイデアに富み、開発、設計、商品化の能力に恵まれた起業家が創業した会社がある。・・・(中略)・・・この種の起業家はときに金銭感覚に欠け、顧客関係において気難しい。この起業家が真面目であれば、事業は殺される。財務その他、能力のないことに取り組む。苦手なことに時間をとられ、得意なことができなくなる。(第3章「成長が悪夢を招くとき---5つの処方箋」より)
確かに職人志向の経営者が、同時に財務管理や人事・労務管理を完璧にこなすのは容易なことではない。もちろん努力は必要であり、“個人の成長”という面では貴重な経験となるが、得意分野に専念できた時との差し引きを比べると、“組織全体の成長”という点ではかえってマイナスの方が大きいだろう。
使い古された例ではあるが、本田宗一郎に藤沢武夫がいたように、井深大に盛田昭夫がいたように、職人肌・技術者肌の人と、営業センスや財務能力に長けた人が互いに支え合う形が、組織の成長にとっては理想の姿だ。各人の持ち味を最大限引き出す人的組合せが高次元で実現できれば、鬼に金棒。盤石の構えとはまさにこの事だろう。
成長の機会は、長期の不況時にあっても扉を叩く。・・・(中略)・・・機会は、それに値する者の扉だけを叩く。(第4章「ゼロ成長企業における経営の心得」より)
*P.F.ドラッカー教授のその他の本
「経営の哲学」
「ネクスト・ソサエティ」
「仕事の哲学」
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仕事の哲学
P.F.ドラッカー著/上田惇生訳
「コミュニケーションを成立させるのは受け手である。内容を発する者、つまりコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない。」(第9章「コミュニケーション」より)
コミュニケーションとは何か、そしてどうあるべきか。
自社の社名にこの言葉を用いていることもあって、折に触れて考えさせられる機会が多い。が、その真髄を表す言葉にようやく出会った気がしたのが、ドラッカー教授による上記の言葉である。そう。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない。分かり切った事実ではあるが、どういう訳か「発すれば通ず」と考えがちなのが人間だ。でも言いたいことの羅列は単なるマスターベーションに過ぎない。そのことを勇気を持って顧客に告げられるかどうか、そして、顧客に成り代わっていかに効果的にメッセージできるかどうかが、コミュニケーションのプロとしての自分たちの務めであろう。
「カリスマ性でも資質でもないとすると、リーダーシップとは何か。第一に言うべきことは、それは仕事だということである。」
「優先順位の分析については、多くのことが言える。しかし、優先順位の決定について最も重要なことは、分析ではなく勇気である。」(第10章「リーダーシップ」より)
*P.F.ドラッカー教授のその他の本
「経営の哲学」「ネクスト・ソサエティ」
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経営戦略の論理
伊丹敬之著
「私がこの本で主張したいことの一つは、戦略の内容そのものがそもそも人々の心理や感情への配慮をした内容になっていなければならない、ということである。・・・(中略) 戦略は、現場の人々を動かしてこそ意味を持つ。」 (序章「経営戦略とはなにか」より)
“いい戦略”とは何か、またその“いい戦略”をどのようにリアルなマネジメントの現場に適合させるのかを、具体的かつ実践に役立つロジックで体系的に説明した本。得てして学者のセンセイが書くこの種の経営理論書は、必要以上に抽象化され過ぎた結果、知的満足感こそ満たしてくれるものの現実感に乏しい場合が多いが、この本は極めて例外的に読みやすく、かつ示唆に富み、随所に血の通った論理が展開されている感がある。
「事業のコンセプトの二重性は、人間にたとえれば、肉体としての人間と精神としての人間、という二重性に似ている。健全な精神は健全な肉体に宿る。物財レベルの事業の定義とそこでの戦略がまず必要で、それに加えてコンセプトとして『サービス』面での深い定義がある。それが、成功する顧客適合の基本である。歯の浮くような言葉で飾られた『コンセプト』だけでは、とても成功は望めない。」(第1章「顧客のニーズをとらえるー戦略の顧客適合(1)」より)
[2004年8月 5日] この日の感想・書評へ→

一勝九敗
柳井正著
「発信する側の真意を理解した上で、それを『相手に伝わる』ように解釈して表現する。それが超一流のクリエーターのやることだ」(III「急成長からの転換」より)
「会社とは一種のプロジェクト、期限のあるもの」等々、会社経営についての箴言が数多く含まれた本なので、本来その辺を引用するべきかも知れないが、私は制作に携わる者として、冒頭に引用した一文に最も心惹かれた。プロの商業クリエーターがやるべき仕事の本質を、実にシンプルかつ的確に表現した言葉だ。本書で著者は何度も「私は頭が良くない」という趣旨の事を書いているが、物事の本質を端的に表現するのは、頭の悪い人にできる芸当ではない。
一般的に“成功者”と思われているユニクロの会長が、自らが犯してきた数々の経営上の失敗を率直に分析しながら、借り物でない自らの言葉で経営者のあるべき姿を語った本。この人は本気で自分を大した成功者とは思っていないのかも・・・と読み手に思わせる所が、かえって著者の強さを印象づけている。
「本書でも触れたように、実は『一勝九敗』の人生なのだ。勝率でいうと一割しかない。プロ野球のピッチャーではすぐに首になるか二軍落ちは確実だ。もし、これでも成功と呼べるのなら、失敗を恐れず挑戦してきたから今の自分があるのだろう。」(「あとがき」より)
[2004年6月19日] この日の感想・書評へ→

キャノン式
日本経済新聞社編
「本当に少数精鋭で、終身雇用で、当事者意識を全員が持って、運命共同体という意識があったら、ものすごく強い会社になる」 「人間の能力を公平に正しく認めることがヒューマニズム、人間主義だ」(第4章「企業の根っこは変えない」~御手洗社長インタビュー要旨より)
「終身雇用」を廃して「実力主義」を標榜する、というのはよく聞く話だが、よーく考えれば、別にこの両者は対立概念でもなければ反対語でもない。両立させようと思えば、論理的には十分可能なのである。
で、その終身雇用と実力主義を両立させようとする類い希な存在が、ただ今業績絶好調のキャノンであり、同社を率いる御手洗富士夫社長だ。「終身雇用は日本人の魂」とまで主張する一方、返す刀で「年功序列は人を腐らせる」と言い切り、徹底的な実力主義を掲げる。今流行の社外取締役や執行役員制度についても、日本の経営風土に合わないと一刀両断。その意見に賛否両論はあろうが、論理と姿勢は明快だ。
世界のSONYやHONDA以外にも、顔の見えるトップがいる会社が日本に現れた、という感じか。
「トヨタはうちより十年ぐらい進んでいる。もしトヨタの人が私の話を聞いたら『何だ、キャノンは今頃そんなことを言っているのか』と笑うかもしれない」 「正直言って、会社の調子はいい。だから、皆張り切って走っている。私も走っており、絶対に止まらない。これでもういいとか、さあ楽をしようとか、そんな考えは私にはない」(付録1「キャノン御手洗社長インタビュー」より)
[2004年6月 6日] この日の感想・書評へ→

企画力
田坂広志
近年は「企画書の書き方」的なハウツー本がやたら増えているが、立ち読みレベルで敢えて言うなら、参考になりそうなものは、ない。だから最近は売場で手に取ることすらない。ただ本書については、田坂広志という著者名に惹かれ、ちょいと手に取ってみた。で、いきなりこの一文が眼に飛び込んできた。
「採用されない企画書は、『紙くず』にすぎない。」(「人間と組織を動かす力。それが、企画力」より)
企画に携わるプロフェッショナルとしてどのような覚悟を持つべきか、改めて突きつけられた様な気がした。そう。企画は実現させて初めて意味があるのだ。
省資源が叫ばれる今日。これ以上たくさんの“紙くず”を世の中に産み落とさないよう、性根を入れ直す事にしよう。
「『最高の企画書』とは、『最高の推理小説』である。」(同名の章より) 「『戦略』という字を見つめてください。 それはどのような意味か。 『戦い』を『略(はぶ)く』 その意味です。」(「『表の企画書』だけでなく『裏の企画書』をつくれ」より) 「企画書の究極の役割とは何か。一人のプロフェッショナルとしての思いを込めて、申し上げましょう。 『縁』を結ぶことです。」(「企画書は、読み終えた一瞬が、勝負」より)
[2004年4月 2日] この日の感想・書評へ→

ビジョナリーカンパニー
ジェームズ・C・コリンズ ジェリー・I・ポラス著/山岡洋一訳
「確認しておきたい重要なポイントは、時を告げる志向から時計をつくる志向へと発想を転換すれば、ビジョナリーカンパニーを築くために必要な点の大部分は学ぶことができるものである点だ。すばらしいアイデアがひらめくという大きな幸運がめぐってくるまで、じっと待たなくてもよい。カリスマ的指導者が登場しなければ、ビジョナリーカンパニーにはなれないという、謝った考えに苦しむこともない。」(第二章「時を告げるのではなく、時計をつくる」より)
前回の「戦略プロフェッショナル」同様、いろんな識者が「お奨めの経営書」として取り上げている本。前々から気にはなりつつも何となく敬遠していたが、新品同様の第25刷(2003年8月発行)を古書店の100円コーナーで発見したため思わず購入。
ビジョナリーカンパニーの定義は「ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的な企業」ということであるが、同書によると「ビジョナリーカンパニーをつくり、築くには、すばらしいアイデアも、カリスマ指導者も、まったく必要ないことがわかった」。我々凡人にとってこうした結論は勇気づけられる。
例に挙がっているのが3M、GE、SONY等ビッグスケールの一流企業ばかりなので、自分たちに置き換えて考えづらい箇所も多々あるが、一つひとつの主張はうなずかされる事が多い。100円で購入した事を考えると、近年稀に見るコストパフォーマンスの高い本となった。
「組織を築き、経営している読者に向けた本書の主張の中で、何よりも重要な点をひとつあげるなら、それは、基本理念を維持し、進歩を促す具体的な仕組みを整えることの大切さだ。」(第四章「基本理念を維持し、進歩を促す」より)
[2004年1月27日] この日の感想・書評へ→

戦略プロフェッショナル
三枝匡
「事業戦略を成功させるには、現在業界で当たり前になっている競争のルールに穴をあけなければならない。つまり事業に成功する人は、自分で新しい競争のルールを創り出していく人である。今市場で行われている競争のルール(業界の「常識」)にのっとってやっているだけなら、二位の企業は永遠に二位、三位の企業は永遠に三位のままである。」(プロローグー日本企業の泣きどころより)
ポートフォリオ分析、PLC、セグメンテーション分析etc.、これまで教科書的に知っていただけの「戦略理論」の使い方が、事実に基づく小説風物語とそれを補う解説を読んでいるうちに、まさに“腑に落ちる”感覚を味わった。日本にはいわば耳年増のような「インテリ戦略マン」が増えたが、実際に使えないからその武器の本当の威力がわからない、という一節が同書の中にあるが、今の自分はまさにその通りの耳年増。顧客から依頼を受けたプランニングの仕事でその知識を使うことはあっても、自社の経営に全く生かそうとしなかった。この本を読んで、どうやってこれらの戦略理論の知識を使うべきかが、少し見えて来たような気がする。う~ん、やるべきことは多いぞ・・・。
「企業戦略の中で、セグメンテーションほど創造性を求められるものは他にないという。競合企業の気づかぬうちに、新しいセグメンテーションを創り出す企業が、勝ちを収める。」 「セグメンテーション作業は、重要な戦略決定のプロセスそのものだからである。」(いずれも5「本陣を直撃せよ」より)
[2004年1月22日] この日の感想・書評へ→

経営の哲学
P.F.ドラッカー著/上田惇生訳
「事業の目的として有効な定義は一つしかない。顧客の創造である。」 「顧客は自らが求めるもの、必要とするもの、期待するものにしか関心をよせない。顧客の関心はつねに、この製品あるいはこの企業は自分に何をしてくれるかである。」(いずれも第5章「顧客」より))
ドラッカーの数多くの著作の中から“使える”センテンスだけを抜き出し、テーマ毎に余裕のあるレイアウトで並べた名言集。今回の「経営の哲学」に加え、「仕事の哲学」「変革の哲学」「歴史の哲学」と計4種類がすでに出版されている。
1ページあたりの字数も少ない上、全部で200ページ強ほどのボリュームなので1日あれば読み通してしまうだろうと思ったが、さすがに選び抜かれた名言ばかり。1ページ毎に立ち止まっては、自分や会社が置かれた現状と照らし合わせて考えさせられることが多く、結局読み終えるのに一週間近くも要してしまった。
今まで氏の著作は数多く読んできたので、ほとんどが一度は目にしたことのある言葉ばかりのはずだが、こうして巧く編集して呈示されると、新たな付加価値が生まれるようだ。
「一度も間違いをしたことのない者、それも大きな間違いをしたことのない者をトップレベルの地位に就かせてはならない。間違いをしたことのない者は凡庸である。そのうえ、いかにして間違いを発見し、いかにしてそれを早く直すかを知らない。」(第13章「人のマネジメント」より)
*P.F.ドラッカー教授のその他の本:
「ネクストソサエティ」
[2004年1月 4日] この日の感想・書評へ→

ザ・プロフィット
エイドリアン・スライウォツキー著/中川治子訳
「利益が生まれる仕組みは多種多様だが、企業がどこで利益を上げられるかを決めるのは顧客である。」(「日本語版への序文」より))
「どうすればビジネスで利益を上げられるか」を徹底的に追求し、対話形式で分かりやすく紹介した本。全部で23の利益創出パターンが挙げられており、日頃の自分たちの仕事の進め方と対比したり置き換えたりしてみると、学ぶべきポイントがいくつも見つかった。なかなか奥の深い本だ。
利益を増やしたい時、ついつい目先の仕事でどのように料金交渉をするか、あるいはコストをどう抑えるかばかりに目が行ってしまうが、少し視野を広げて固定観念から脱却すれば、新たな利益創出のチャンスがきっと見つかるはず。「利益がなければ未来はない。もっと儲けたければ、もっと頭を使え!」と叱咤激励されたような気持になった。
「利益というのは、モデルや方程式というよりも考え方だ。物理学が物質のエネルギーについて教えてくれるように、利益は経済のエネルギーを教えてくれる。利益がないということはエネルギーがないということだ。未来を戦う能力もなければ、未来を作り上げる能力もないということだ。収益性を追求するとは、高い利益はどこでどのように発生するかを常に問いかけながら、考えを日々変えていくことなんだ。」(20「ビジネスにおける重力の法則」より)
[2003年12月27日] この日の感想・書評へ→

マッキンゼー戦略の進化
名和高司/近藤正晃ジェームス編著・監訳
「たった一つの戦略では成長までの完全な絵は描けない。唯一無二の戦略にこだわるアプローチは、経営者が抱える難題を単純化しすぎている・・・(中略) ベスト・カンパニーは七つの戦略的自由度を考慮し、その大半をうまく活用している。 1.既存顧客の最大化 2.新規顧客の獲得 3.製品・サービスのイノベーション 4.バリュー・デリバリー・システムのイノベーション 5.業界構造の改善 6.地理的拡大 7.新規事業分野への進出」(Chapter3「成長への階段」より))
「マッキンゼー式●●」「MBA×××」といった類のビジネス本は相変わらず隆盛である。私もその手の賢そうな本を読むのが好きで、企画書やプレゼンで使える横文字の言い回し、もっともらしい理論はないかと、BOOK OFFなんかでまとめ買いしては読んでいる。もちろん実際の会社運営に役立てたい気持もなくはないが、ディズニーやGE、ボーイング等超巨大企業の事例はさすがに参考にしづらい。
それにしても東大を出て、米国のMBAは持ってるけど経営はしたことない方々の指導を仰ぐって、臨床経験がない心臓病の“権威”に手術してもらうのに似ているかも。(あるいは、飛行経験のない航空力学の権威が操縦するジャンボ機に乗るような感じか。)
自分は、臨床経験豊富な執刀医に手術してほしいな。
「戦略を立てる時に競争相手との直接対決を第一に考えるのは間違いだ。何より優先すべきは個客のニーズに対する誠実な配慮であり、そうしたニーズに応える柔軟性を自社がどの程度備えているかの詳細な分析である。」(Chapter9「戦略再考」より)
[2003年12月21日] この日の感想・書評へ→

戦略思考で勝ち残れ!
中山治
「言葉が『情報交換』ではなく『精神のスキンシップ』に用いられるのなら、その中身はあいまいで非論理的であってもよいわけです。否むしろ、あいまいで非論理的であるほうが、かえって互いの考え方の相違点が隠蔽されるぶんだけスキンシップには好都合なのです。」(第三章「リーダーシップと戦略思考」より)
ファミリーレストランへ食事に出かけた時のこと。店に入るや店長と思しきそれなりの年格好の男性がごく自然に私に聞いた。
「おタバコのほうは、お吸いになられますか?」
(ほうって何?)なんて絡んでも仕方ない。ついに“大人”の年代層にまで、この種の“曖昧語”が浸食し始めたようだ。もちろん若い店員は言うに及ばず。
「パスタのほう、お持ちしました」「オムライスになります」「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
言葉は生き物。文章を生業にする以上、今時の若者を描写するのにこうした言い回しへの理解は不可欠ではあるが・・・どうも好きになれんなあ。
「会話の受け答えが散漫であっても何の不都合もありません。明晰かつ論理的な話し方によって互いの意見の相違が明らかになり、議論になって井戸端会議や飲み会の場が白けるより、あいまいで非論理的な受け答えで相手に適当に会わせることで一致を仮構し、一体感を高めることで醸し出される親密さの雰囲気を楽しむことができるからです。」(同上)
[2003年11月19日] この日の感想・書評へ→

アイデアのヒント
ジャック・フォスター著/青島淑子訳
「アイデアを手に入れる人はアイデアが存在することが『わかって』おり、そうしたアイデアを自分が見つけられることを『わかって』いる。アイデアが浮かばない人はアイデアが存在することが『わかって』おらず、自分がアイデアを見つけられることが『わかって』いないのだ。」(第3章「自分を信じよう」より)
長年プランニングやコピーの仕事を続けていると、昔のように「自分にアイデアが見つけられるだろうか?」とビクビクすることはなくなった。それよりも“いつ”アイデアが出るか(納期に間に合うか)、そのアイデアが“どの程度の”水準か(自分自身納得できるかどうか)、という辺りで胃がヒクヒクすることの方が多い。
この本を手に取るのは2度目。読み返してみると、さすがに示唆に富むいい事が書いてある。アイデアに困った時に読めば力になってくれるだろう。ただ如何せん、アイデア出しに迫られている時って、こうした本をゆっくり読む心の余裕がないんよね、残念なことに。
「もっと楽しもう/自分を信じよう/『その気』になろう/子供に戻ろう/『知りたがり』になろう/笑われることをおそれるな/いろいろなものを組み合わせてみよう/質問を変えてみよう/情報をかき集めよう/とにかく数で勝負しよう/いったん全部忘れてしまおう/ひらめいたら実践しよう」(「目次」から各章のタイトルを抜粋し羅列)
[2003年10月17日] この日の感想・書評へ→

ネクストソサエティ
P.F.ドラッカー
「変化を観察することである。しかもあらゆる世界を見ていくことである。そして、それらの変化が本物の変化か、一時の変化か、自分たちにとってチャンスかどうかを考えていくことである。見分け方は簡単である。本物の変化とは人が行うことであり、一時の変化は人が言うことである。話にばかり出てくるものは一時のものである。」(第2部第5章「ニューエコノミー、いまだ到来せず」より)
ドラッカー氏の著作は新刊が出るたびに購入し、最低2回は通読するのだが、結局頭の中に残っていないことが多い。今回も2回目なのに、ほとんど記憶に残っていないのが情けない。読んだ当座は、商談時などにちょっとエラそうに引用しちゃったりするんだけど。
でも世の中のドラッカー氏の読者の大半は所詮そんなものだろう、なんて思わないでもない。何せ自分の書いた意見の前後に「ドラッカー氏も著作の中でこのように述べている・・」などとさりげなく引用すれば、何となく正しい事を主張しているように見えてしまうから。
「鉄道が生んだ心理的な地理によって人は距離を征服し、eコマースが生んだ心理的な地理によって人は距離をなくす。もはや世界には一つの経済、一つの市場しかない。 このことは、地場の小さな市場を相手にする中小企業でさえグローバルな競争力を必要とすることを意味する。競争は、もはやローカルたりえない。国境はない。あらゆる企業がグローバル化することを要求されている。」(第2部第1章「IT革命の先に何があるか?」より)
*その他のドラッカー教授の本:
「経営の哲学」
[2003年9月 6日] この日の感想・書評へ→

インタビュー術!
永江朗
「ソクラテスは自分は何も知らないということを知っていたが、素人は自分が何を知らないのかもわからない。だから仮に専門家が分かりやすく話すことが可能だとしても、その話を引き出すためには、インタビュアーにはそれ相応の勉強と準備が必要なのだ。インタビュー記事は、インタビュアーの能力以上のものにはならない。」(第一章より)
新卒採用のWEBサイト作りに携わってから、いろんな企業の、様々な世代・立場の方々から生の声を聞く機会が増えた。予想以上に自社のマイナス面も含め本音で語って頂けることが多いので、複数の方々にお会いすれば、会社案内に並ぶ美辞麗句からは伝わってこない、その会社の真の魅力、問題点、社風などが自ずと見えてくる。
幸いなことに、取材を重ね理解を深める程、少しずつその会社のファンになっているケースが多い。その印象をどこまでリアルに読み手に伝えられるか。何しろ「インタビュー記事は、インタビュアーの能力以上のものにはならない」から、責任は重大である。
「インタビューは事実をありのままに提示しない。・・・しかし、虚構のほうがより真実に近い場合がある。いや、虚構のほうが真実に近いことのほうが多い。事実はいつも真実を覆い隠す目眩ましの役割を果たす。その意味では、インタビューにおける編集や構成は、事実から目眩ましの部分をはぎ取り、真実に一歩近づくことだともいえる。」(第一章より)
[2003年8月 4日] この日の感想・書評へ→

戦略的思考の技術
梶井厚志著
理論経済学の学者が書いた戦略の本、となると何やら退屈なイメージだが、下世話な例え話で解りやすくゲーム理論を解説した、なかなか面白い本であった。
閉店間際のデパ地下での値引きシールを巡る攻防に始まり、恋愛のかけひき、開運印鑑の意義、家電量販店のチラシに隠された秘密、オークションで失敗しない方法、公共機関の仕事にムダの多い理由等々・・。数々の身近な例、暮らしの下世話なヒントを織り込みながら、コミットメント、シグナリング、ロックイン等ゲーム理論のキーワードを紹介してくれるので、プランナーのタネ本として重宝しそうだ。
例えば、行動を変えるのにかかる費用をスイッチング・コスト、それを利用して相手の行動を自分に有利になるような行動から変えられなくする戦略をロック・イン戦略というが、著者にかかるとこんな感じ。
「離婚をするには相当なエネルギーを必要とするから、それがスイッチング・コストになって人は結婚関係にロック・インされる。スイッチング・コストは子供がいる場合にはさらに大きくなるから、結婚したい人ができたらさっさと妊娠してしまうロック・イン戦略が古今東西利用されてきた所以である。」(第6章/ロック・インより)
男女のことで説明されると、実に頭に入りやすい。
[2003年5月16日] この日の感想・書評へ→



行動経済学入門
真壁昭夫
伝統的な経済学は、無重力・真空状態を想定した物理学の様なもの。理論的に正しくとも、地球上の現実としては必ず誤差が生じる。おまけに感情を持つ人間が絡んでいるから、その誤差は物理学とは比較にならない程大きい。そもそも「全ての人間が合理的に行動する」という前提に無理があるのだ。人間はそんなに単純な生き物ではない。
という訳でここ数年注目を集めているのが、人間の心理状態を分析することによって、各経済主体がどの様な意思決定を行うかを考える「行動経済学」である。更に近頃では、脳機能の研究と行動経済学が融合した「神経経済学」という分野も誕生。生物の経済的行動とそこに介在する感情、それを司る脳の動きを体系的に分析する動きが進み始めているらしい。こうなると大脳生理学との線引きが難しいが、そもそも経済活動は「神(の見えざる手)」が主役では決してなく、あくまで人間による社会的営みであるのだから、経済学としてはきっと正しい方向に進んでいるのだろう。
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